お誘い 後日談



目を覚ますと、自室に敷かれた布団で寝ていた。

おお…なんという既視感。酔った記憶からのこれ、前にも同じような事があったなぁ。
尾関さんと飲んだあの時も、飲みすぎて潰れてしまい、尾関さんに寝間着をきっちりと着せられて寝ていた。
その時との相違点は、寝間着を自分で着たようである事だ。

「…頭痛い…」


身体を起こせば頭の端がずきりと痛んで、私は顔を顰(しか)めた。この前ほどではないにせよ、やはり二日酔いのようだ。
適当に畳まれた服や帯が、その辺に投げ出されている。そんな様子に、私はまた顔を顰めた。

この前はここで飲んだからどんな状態だろうが予想がついた。けど、今回は屯所から離れた料亭での宴会だ。私は、一体どうやって帰ってきたんだろう。

誰かに聞きに行こうと思って上着を羽織る。
戸を開けると、そこには昨日一緒にお酒を楽しんだ永倉さんの姿があった。


「お、フミちゃん、起きたか。おはようさん」

「…っ、な、永倉さん、おはよう…ございます…。あの、私…どうやって帰ってきたんでしょう…?」

「あれ、覚えてない?まぁ、結構飲んだからなぁ」

「うぉおぁぁっ!申し訳ございません!記憶は全くないんですが、全力で謝罪させていただきます!!」

永倉さんの言葉を掻き消すように、私は思いきり頭を下げた。
ただ頭を下げるだけでなく、正座しておもいきり額を畳に擦り付ける。頭が痛むのも気に止めず、私は土下座のまま「すみませんでしたぁぁ!」と再度声をあげた。

尾関さんの時に続いて、またやらかしたみたいだ。


「フミちゃん、落ち着け。俺はフミちゃんに土下座されたままでいる趣味はねぇし、そもそもフミちゃんは迷惑かけたりしてないぜ?」

「へ、そうなんですか…? …っ、安心したら頭痛が振り返してきた…」

頭を押さえながら体を起こすと、目の前にしゃがんだ永倉さんは心配そうに首を傾げていた。二日酔いかと尋ねられ、私は頷く。

「あ、でもこの前よりは…まだ軽いので大丈夫です。これくらいなら、今日は午前中もお仕事出来ます」

「…この前? もしかして、ちょっと前に具合が悪いからって午前中だけ部屋で休んでたの、二日酔いだったのか」

「えっ? あっ、いや、…えぇと…別にそういう…ねぇ。はははっ。」

「へー、一人で隠れて飲んでた訳ね。だから言えないんだ?」

「違います!一人じゃなくて尾関さんと二人で…っ!あっ、しま…っ!」


やっべぇ、内緒だった。そう思ったが、時すでに遅かった。くわえた煙草を指でつまんだ永倉さんは、煙草の煙ごと盛大に息を吐いて頭(こうべ)を垂れる。
もう一度顔をあげた時には、何だか機嫌の悪そうな雰囲気を醸し出していた。


「雅次郎と二人で飲んだんだ?」

不機嫌そうに尋ねられたけれど、そんなところでへそを曲げられても困る。私は唇を尖らせて袖をつまんだ。
へそを曲げたいのはこちらの方である。


「…近所の方に貰ったんですよ、お酒を。皆で飲むには量が少なかったので…それなら一緒に飲みましょうかという話になったんです」

「わざわざ雅次郎を誘ったのか?」

「いや、二人でいる時に頂いたので、そのまま話を広めなかっただけですよ。分け前が減るのは嫌ですもの」

尾関さんに説明したのと同じように言えば、永倉さんは分け前という言葉に一瞬笑って、気を取り直すように咳払いをした。


「じゃあ雅次郎とは何もないんだな?」

「なんでそんな話に…。私はただの女中ですよ?」

「でも気になるんだよ。雅次郎に、何かされたりしてないんだな?」

「永倉さんや原田さんじゃあるまいし、変な事なんかされてないですよ」

「お前ね…雅次郎だって男なんだぜ?俺らを警戒するなら、他の男だって警戒するべきだろ」

真面目な声音でいう永倉さん。前に市村くんにも似たような事を言われた気がするなぁ。
そうなんですか、と問えば、そうなんだよ、と返ってきた。

…そうなのか?
むしろ、酔って脱いで迷惑かけたのは私の方だし、尾関さんはそれにもきっちりと服を着せて対応してくれた訳だし、やっぱり問題なんかないと思うんだけどなぁ。

「昨日も無防備だったし、フミちゃんは見てて心配になるよ」

「何を仰いますか、こんなにそつなく熟しているというのに」

「二日酔いの子に言われたくねぇなぁ…」

そういうと、永倉さんは冷ややかな瞳でこちらを見る。わー、返す言葉がない。
よく尋ねてみれば、昨日は酔っ払って寝てしまった藤堂さんを原田さんが担ぎ上げ、私はふらふらのまま永倉さんと手を繋いで帰ってきたらしい。

なんだその地獄絵図。
部屋に入ってからは自分で何とかしてたみたいよ、という言葉の通り、どうやら私は一人で布団を敷いて一人で着替えたようだ。なるほど、それでこの雑多具合か。


「なんも覚えてないのね」

「恥ずかしながら…。ですから、ご迷惑をお掛けしたと申し上げてますでしょう」

「ま、元気なんだし気にしないでいいんでない?」

「はあ、そうですかね」


ポカンとした私を、そうそう、と笑い飛ばす永倉さん。紫煙を燻らせて私を撫でると、ところで、と話題を変える。

「フミちゃん、朝餉の用意は?」


その一言に、さっと血の気が引いていく。
空を見て、太陽が昇ってから少し経っていると推測して顔面蒼白してしまった。

「着替えるので失礼します!」

「なんなら、雅次郎と島田さんには伝えとくぜ?」

「もっ、申し訳ないので、お気持ちだけで十分です!」


障子を閉めて慌ただしく羽織を脱いで、私は気合いを入れるために頬をバチンと叩いたのだった。


実際、尾関さんはお酒に負けてキスしてるけど、永倉さんは手を出してないので、永倉さんの方が紳士かと…


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