藤堂さんのお誘い2

(永倉さん視点)




「お酒は好きですか?!」という、平助のとてつもなく不器用な誘い文句で料亭へとやって来たフミちゃん。
部屋の戸が開いて平助の後ろから顔を覗かせて第一に俺と目が合い、彼女は心底嫌そうな顔をしてみせた。

一瞬後退り、それでも流されるままに座蒲団へ腰を下ろす。
必死に思考を巡らせているフミちゃんは、ぶつぶつと「なんでこんな…」「いや、でも…」と独り言ちた。
あ、平助にはほとんど聞こえてそうだな。


「えーっと…フミさん、大丈夫ですか…?」

「…騙された?…いや、藤堂さんがそんなまさか…」

「…フミさん?」

「もしや藤堂さんも利用されてる系の…、あっ!いや!すみません何でもないです!」

「そ、そうですか…?なら、よか」

「でもめっちゃ帰りたいです!」

「へっ?!」


独り言の内容はほぼ聞き取れなかったけれど、何となく想像はついた。


何故、俺達が居るのだろう。
気まずすぎるから帰りたい。

要約すればそういう事だろう。
しかも、俺達が平助を利用してフミちゃんを誘い出したという、こちらとしてはなんとも不名誉なおまけ付きだ。

そわそわする左之助となにも言えないでいる俺を見かねて、平助がわざとらしく咳払いをする。


「フミさん、二人を呼んだのは僕なんです。一回底を割って話せば、少しは三人の空気も変わるかと思って…」

「えっ?!…だっ、だって藤堂さん!私この人達に結構な目に遭わされてますよ?!」

「じゃあそれも含めて、ここで全部文句を言えば良いです。僕は双方を擁護するつもりですから」


フミちゃんの前だからか、それとも平助自身が好きな酒を飲める好機だからか平助はいつになく強気だ。そんな平助に圧されたようで、フミちゃんは言い淀んで顔を背けた。
そして小さな声で「やっぱ騙されたんだ…」と呟いて、再度こちらを向いた時には強気な表情で微笑んでみせる。

「わかりました。私はお酒を飲みにきただけですから、酒の肴に意見の交換なんてのもいいじゃないですか。お互いにされた事を水に流して、お酒を楽しみましょう」

「フミ、本当に水に流してくれるのか…?」

「流したくないですけど…藤堂さんに免じてそうします。…そっ、その代わり私の事も水に流してくださいよ?」

「勿論だ!別に俺ぁ怒ってた訳じゃねぇしな」


二人の間に何があったのかよく解らないが、フミちゃんの言葉をそのまま噛み砕いてみれば、左之助の行動にフミちゃんがやり返したのかもしれない。
俺の時と何ら変わらない場景が思い浮かび、思わず頬が緩んだ。
フミちゃんの言葉に嬉しそうに笑った左之助に一瞬動きを止めたフミちゃんは、咳払いをして俺に目を向ける。


「永倉さんも、お互い様…という事ですからね」

「フミちゃんがそう言ってくれるなら、俺は何だっていいさ」

「…マジすか」

「大マジよ。いつも言ってたろ、俺はいたって真面目なんだって」


ぱちぱちと瞬きを繰り返し、そして前のように頬笑む。
たぶん信じちゃいねぇな、あの感じだと。


「二人とも私に対して甘過ぎませんか。甘やかしても何も出ないし何もしませんからね?」

少し警戒しているのか、引き攣った笑顔のままそう言ったフミちゃん。
それでも最初よりも和らいだような雰囲気に充足して、平助はちょうど部屋の外を通りかかった仲居に声をかけた。


運ばれてくる酒と料理に、フミちゃんをはじめ酒が好きな左之助と平助が満面の笑みを浮かべた。

さぁ、楽しい宴の始まりだ。


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