市村君は毒を吐く





よろしく頼まれてから、随分と仕事も出来るようになってきた。

しかし、私は未だに最初に言われた『余計な詮索はしない』という条件の意味が理解出来ずにいた。



女中としては超頑張るわ。それは本気だわ。
でも、余計な詮索ってなんぞ?

女中として働く上で知らなくちゃいけないこととの線引きが出来ないっつーの。


縁側に座ってそんな事を考えながら、私は黙々と手元の仕事を熟していった。
そんな私の後ろから声をかける、少年が一人。


「フミさん、仕事してます?」

「はい? あぁ、してますー。今はですねぇ…ほら、これ、さっき洗濯の時に破いちゃった隊服の袖を縫ってる所なんですー」

「いや、それフミさんが勝手に増やした仕事じゃないんですか。こっちには通常の仕事がまだ山のように残ってるんですけど」

「えぇっ、やだ、たいへーんっ! でも、きっと市村君がやってくれた方が、早く終わると思いますー。」


適当な対応をする私に、目の前で文句を垂れるチビ…いや、多少小さくはあるが立派な隊士の市村鉄之助君は盛大な溜め息を吐いた。
そしてこれまた盛大な舌打ちをして、私を睨む。

野良の成猫さながらの凄みを利かされ、私は持っていた針を縫いかけの隊服に軽く刺して市村君を見上げた。

誰がどう見ても仕事してる私に「仕事しろ」と?
何て事を言い出す坊っちゃんだろうか。

はー、嫌だ嫌だ。
私だって會津藩で下っ端として働いている父親に言われなきゃ、こんな面倒臭いとこ来ないのに。

しかも密偵みたいに疑って掛かられて、詮索するなと言われて働かされてるし。
奉公かと思いきや、なんか口減らしみたいなもんだし。


え、これ口減らしだったのかな?
本当は私なんかいらなくて追い出したのかな?

どうせだったら全部説明した上でここに嫁がせるつもりで寄越せよ、なんなんだよ本当にもう!
誰か私を娶(めと)れ!!



「…フミさん、心情だだ漏れですよ。あと、フミさんの事を娶ってくれそうな人、新撰組に居ないと思います」

「ふざけんな誰が行き遅れのババァだってうわあぁぁ嫌だわぁ、この事はどうか内密にお願いしますー」

「そこまで口汚く暴言吐かれたら、内緒にするのも心苦しいんですが。誰かに言ってもいいですか」

「止めろよホント、誰かに言われたら仕事しにくくなんだろ、ざけんじゃねぇぞ最終的に呪ってやるかんな」

「…フミさん、ほんっとうに口が悪いですね」

「知らないっつーの! 口汚いとか寝汚いとか意地汚いとか、そんなん言われ過ぎて何が普通かもわかんないわ! 今 私は仕事してんですよ!ほらこれ、縫い物!邪魔すんじゃ…」

「あっ、土方先生!」

「あー!今日もいいお天気ですね市村君!!土方さんも一緒に日なたぼっこでもどうですか!」

「まあ嘘ですけど」

「大概にしろよお前、私の猫なで声返せよホント」



いけしゃあしゃあと放り投げられた虚偽に、私の気分は急転直下である。
溜め息を吐いた私は、手元の縫い物に目を落とす。


あー、がったがた。
ほんと針仕事苦手だなぁ、私。



「ちゃんと仕事してくださいよ」

「うるさい黙れ、さっさと立ち去りやがれ」

冷ややかな視線を向けて言った市村君に、私は精一杯の笑顔で頷いて、そう吐き捨てた。
私の言葉を聞いた市村君は猫目を一瞬丸く見開いて、またすぐにジトリと私を睨み付ける。あっ、視線が痛い。



「土方先生に噛み千切られてしまえば良いのに」


そんな不吉な事を呟いて去った市村君に、私は息を呑むしかなかった。


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