藤堂さんのお誘い1





思えば、私は何しにここへ来たのだろう。

女中奉公なのは確かなのだけど、それすらも忘れかけていた今日この頃…。
それもこれも、変に言い寄ってきたり変な目に遭わせてきたりする男の人がいるのが原因である。

私はただ、目の前の仕事をこなすばかり。
仕事に逃げる訳ではないが、ちょっかい出される前にのめり込める物を作っておくに越した事はない。

昼餉の片付けも終わり、次にやるのは島田さんに頼まれた買い物だ。
篭を抱えて、島田さんの書いた覚え書きを帯に挟み、それから財布を忘れずに懐に入れた。
あ、そうだ、この前財布を忘れた時にはひどい目に遭ったんだった。財布は忘れちゃいけないな、ほんと。

それにしても、男の人って、あんな変な事しか考えてないんだろうか。
いや、島田さんや尾関さんなんかはそんな変な事なんて言ってこないし、藤堂さん、斎藤さんとは何てことない会話も出来ているのだから、永倉さん、原田さんがいけないのだ。
沖田さんは…最近はおまんじゅうくれたりお団子くれたり、優しかったりするし…あれから変に触ってこないから良しとしよう。

と言っても、原田さんと永倉さんも、包み隠さずに文句を言ってからは、ほとんど私に突っ掛かってきていないのだけど。
最近では、なんともまぁ平穏無事な毎日を過ごしているのだ。



買い物を終えて屯所へ帰ると、門の側で藤堂さんに会った。

「あ…フミさん、お、おか、えりぇだぁっ!」

「うわぁぁっ大丈夫ですか?!派手に転びましたね?! 怪我してないですか、そんなに焦ってどうかしま」

「フミさん!」

「はいぃぃ!」



転んだ藤堂さんに駆け寄って膝をつけば、彼は私を呼んで差し伸べた手を思いきり掴んだ。そして意を決して叫ぶ。

「ぅお…っ、お酒は好きですか?!」




突然の質問に、私は口を開けて呆けてしまった。
けれどもその返答は、言わずもがな「はい!」である。
だってお酒美味しいし。酔いやすいだけだから飲めない訳ではないし。
先日飲んだ時に尾関さんに迷惑かけた事なんかすっかり忘れて、私は満面の笑みで飲みに行く約束をしたのであった。


* * *


その日の陽が暮れる頃、私達は屯所を出発して指定された料亭へと向かった。

藤堂さんが局長に話を通してくれたお陰で、「息抜きも必要ですしな!」と快く送り出してもらえたのだ。

提灯に火を灯し、からりと下駄を鳴らす。
隣には少し緊張している様子の藤堂さんが居る。
そういえば、『期待させるな』と言われてから、二人きりでこんなに話すのは初めてかもしれない。
…そっか、期待させてはいけないんだった。


「…、あの、藤堂さん」

「はっ、はい!」

「…今日は誘っていただき有難うございます。でも、あの…」

「…、でも…?」

「永倉さんに言われたんです、『平助に期待を持たせるな』と」


釘を刺しておく訳ではないが、とりあえずこちらの気持ちをはっきりさせるべきだろう。
例えばそれが、藤堂さんにとって酷な事であっても。
悲愴な表情を浮かべているだろう藤堂さんを、すぐに見る事は出来なかった。私は、自分が誰かを傷付けたという事実を、認められるほど大人でないのだ。


一拍置いて、藤堂さんの色素の薄い瞳を覗く。
けれど彼は私の予想に反して淡く微笑んでいた。

眉根を寄せて少し苦しそうに、それでもこちらに心配かけないようにしたいのかしっかりと笑む。

「僕も言われました。『期待したってどうにもならないだろ。なら、早々に諦めちまえよ』って、永倉さんに…。でも諦められない…っていうか、無理なんですよ。フミさんを嫌いになるとか、そんな事は出来ないですし…」

「は、はぁ」

「フミさんは今までの通りに接してくれるから。だから、僕も今まで通りでいようかなって思ってるんです。永倉さんや鉄之助君に負けるつもりもないですしね」

考えている事を言えたからか、藤堂さんはひどく満足そうだ。
かわらず歩き続ける藤堂さんに対し、私は思わず足を止める。


いや、いやいやいや…?…どうしてそこで市村君が出てくるんだ。
満足そうなので掘り返す事も出来ず、私は「そうですか」と答えるしかなかった。

永倉さんと市村君の私に対する共通点って、何かにつけてこちらを困らせてくるって感じなんだけど、それでもいいのか。そうなりたいのか。
えっ、それは嫌だ。

少し先を行く藤堂さんは、私がいない事に気付いたのかこちらに振り向く。
キラキラ光る髪の毛が提灯に照らされて、とても綺麗だ。早く行きましょう、と手招きをする藤堂さんに導かれ、私は再度足を動かす。



「…藤堂さんは、今のままの優しい藤堂さんでいてほしいな」

ポツリと呟いてその隣に並ぶと、藤堂さんは少し目を瞬かせて頬を染めた。
もしかして、聞こえていたのだろうか。でも、そんな反応をしてくれる所も含めて、私は優しい藤堂さんがスキだと思う。


まあ、それも人間としてスキだというだけなのだけど。


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