藤堂さんの葛藤

(藤堂さん視点)



ちょっと前の話だ。

フミさんが風邪をひいて、数日間床に伏せていた。
具合が悪くて倒れていたのを鉄之助君が偶然見付け、そのまま介抱していたらしい。


「助けてくれてたのが市村君で良かったよ…」


倒れたと聞いて心配ですぐに駆け付けたのだけれど、フミさんが使っている部屋の中から聞こえたいつも以上にあえかな声に、僕は思わず足を止めた。

「とどめをさせば良かったですね」とふざけた鉄之助君に悪態つくフミさんは、いつも僕達に見せるような可愛らしさだけじゃなくて、まるで家族と会話をするような気軽さも兼ね備えている。

(…鉄之助君には、そうやって喋るんだ)


モヤモヤする気持ちが心にシミを作った。
じわりと、黒が滲む。

この気持ちは、嫉妬なんだろうか。

おやすみ、と彼女の声が聞こえて、それに答えた鉄之助君の声も聞こえた。


そっと障子を開けると、鉄之助君がフミさんの額を雪豹の獣刃の能力で冷やしながら、その唇に口付けているところだった。


「あ、藤堂先生」

「…っ、あ、あの、フミさんが具合悪いって…きいて…その…」

「…フミさん、寝たばかりなので起こさないでくださいね。この人うるさいですし」

「…う、うん…。…それより…鉄之助君、今…」


なにしていたの、と分かりきっているのにたずねるのは、少し意地が悪い気もする。もしかしたら自分の勘違いの可能性もある、と、心のどこかで期待してるのかもしれない。
それでも、はっきりさせたいのだ。

(だって、僕はフミさんが好きだから)

唇を噛み締めて答えを待てば、鉄之助君は微かに口角を上げて笑った。
予想外の反応に、思わず眉根を寄せる。鉄之助君はそれすらも気にしていないように首を倒した。


「盗み聞きにくわえて覗き見ですか。随分ですね、藤堂先生。」

「…っ」

「まぁ、別に藤堂先生の思っているような深い意味はないですよ」

「で、でも…っ」

口ごもる僕に、鉄之助君が溜め息をこぼす。
バカにされているような呆れられているような、いずれにせよ僕の行動に対しての溜め息だろうから、悔しくて仕方ない。


「…悔しいのなら、自分も同じことをなさればいいのに」



僕の横をすり抜けて部屋を出た鉄之助君は、小さな声でそう言った。
おなじこと?風邪に苦しんで寝ている彼女に、口吸いをしてしまえと?

振り向いた僕に、鉄之助君は微かに笑ってみせる。

フミさんが一人で眠るその部屋に、僕は何故だか入れる気がしない。「…よわむし」と呟いた自嘲は、風に吹かれて消えた。


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