原田さんの謝罪
確かに、挨拶すらマトモにしなかったのは、流石にダメだったなぁと思う。でも、これはおかしくない?
背中は壁にピタリとついていて、目の前には原田さんの大きな身体がある。因みに、顔の横には原田さんが手をついていて、横に逃げるのは困難だ。
これはどうしたものか。
というか、どうしてこうなった。
顔を背けて考えても、なにも答えは出てこなかった。まあ、私に近寄っただけで鼻息を荒くする原田さんの思考など、頑張ったところで出てこないだろうけども。
「…フミ」
「…」
「…っ、フミ…!」
「……」
「なぁフミ…っ、話を聞いてくれ」
切々と言う原田さん。顔を背けたままの私は、眉間にシワを寄せて口を噤んだ。
すると原田さんは、返事をしない私に痺れを切らしたのか無理矢理こちらの顔を自分へ向けた。頬を両手で挟まれて、どうにも逃げられないどころか、顔を背けるのも無理だ。
マジありえん、ふざけんな馬鹿力。
「あのなフミ、俺、謝りたかったんだ」
「…」
「その…お前にぶっかけた事もそうだし、土間で騒いだ時のあれも…」
みるみる内に赤くなる原田さんは、純情乙女のようなそれだ。
真っ昼間からぶっかけたとか言うなよ、思い出すじゃないか。何をかけたとか言われなくて良かった、もし言ってたら本気で嫌いになってたわ。
私は嫌悪感丸出しの表情で原田さんを見て、唇を閉じたまま視線だけ逸らして拒絶を表す。けれど、原田さんはめげない。
「俺ぁ、ちょっと焦ってんだ、平助がお前に告白してるの聞いちまった所為で…。その、フミに言いたい事が、あって…っ!」
なんだ、告白なのか。
一度でも嫌だと思った人とは添い遂げられないぞ、私は。というか、私の個人的な事が本当に筒抜けになってるこの屯所の管理能力どうなってんの?
あの、その、と言葉に詰まる原田さんに、私は尚も口を閉ざす。
つんと構えて、どんな愛の言葉を紡がれようとも黙っていようと決めた。まあ、頬を両手で押さえられた状態では、満足に話す事もままならないのだけれど。
だけれども、原田さんはあまりにもとんでもない言葉を吐き出した。
「…っ、フミっ! 一回で良いからヤらせてくんねぇか?!」
とんでもない。とんでもなさすぎて、思わず原田さんに視線をくべてしまった。
赤面しつつも真面目な面持ちで言った原田さん。
私はそんな原田さんの頬目掛けて、拳を打ち込んだ。
「いっでぇ!」
「ざけんな、野垂れ死ね!」
死ねば良いのに。そんな事を前に思ったけれど、そんな甘いもんじゃない。
私の罵声と拳を頬で受け止めた原田さんは、少しよろめいて私から離れ、そして瞠目してこちらを見た。
フミ?と驚いたように呟いたけれど、よく考えたらこの前の事件の時だって敬語じゃなくて普通に叫んでた。だから、無理に猫被る理由もない。
そう、ないのである。
「次にそんな事言ったら、本気で股のもん切り落とすからな」
「…えっ」
「えっ、じゃねぇわ。組長だろうがなんだろうが、私の貞操の危機には変えられないっつーの!」
前にも見ただろうに、私の豹変に着いていけないのか、原田さんは目を丸くしたまま私に手を伸ばす。その五指から逃げるようにしゃがんだ私は、横っ飛びでそこから離れて距離をとった。
しょんぼりと眉を下げた原田さんは、そんな私を視線で追いかける。
「じゃ、私は仕事がありますんで」
私の名前を口にする原田さんを横目で見ながら、私はその場から駆け出した。
次に捕まったら、多分逃げられないと思った。
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