尾関さんと晩酌を

(尾関さん視点)


「…尾関さん、お酒を頂きました」

「見りゃ分かる」


フミと一緒に買い物へ出た帰り、近所のおばちゃんから酒瓶を頂いた。
おばちゃんいわく「うちの人があまりにもお酒を作りすぎるから、処分を手伝ってほしい」との事で。


「でも、みんなに振る舞うには少ないなぁ…。んー…、じゃあ二人で飲んじゃいましょうか」


料理に使おうにも、生憎貰ったのはどぶろくだ。これは飲んだ方がうまいに決まってる。
そう思っていたところに、フミは俺の顔を覗いてそう言った。
なんて素晴らしい案だろう。肯定するように口角を上げた俺に、「じゃあ、夜に私の部屋に来てください」と提案するフミ。妙な事を言い出したフミに、今度は眉根を寄せて口ごもる。

「…私の部屋じゃ、不満ですか」

「ふ、不満と言うか、おま、あの、男を部屋に招くとか、な…何考えてんだ…!」

「尾関さんが何考えてんですか…。 二人だけでこのお酒を飲むのであれば、尾関さんの部屋みたいな大部屋では無理でしょう? それなら私のところみたいな一人部屋じゃないと、分け前が減るじゃないですか」

「分け前って…お前な…。 いや、でも、…そうだな、二人だけで飲むなら…」

納得したのか、自分を丸め込もうとしてるのか、俺にもよくわからない。けれど俺は顎に手を当てて、小さな声で呟いた。

別に、深い意味はない。
他意もない。

ただ、この酒を二人で飲むのだという、それだけの事だ。


「それじゃあ、夕餉の後に」


妙に艶っぽく笑ったフミに、頬が熱くなるのを感じる。
酒瓶を抱えて部屋へ戻ったフミの背中を見送り、俺は残りの荷物を台所へと運んだ。



* * *



夜の帳が降りた後、行灯の光が滲む一室の前で俺は一人悩んでいた。
手元には頼まれた猪口と、酒の肴にちょうど良いだろう漬け物がある。ここまで用意したにも関わらず、俺はフミの部屋へ一人で入って良いものかと悩んでいるのだ。

俺だって男だ。
変な期待だってしてしまう。

…この前の口振りからして、フミは色事なんて何も望んではないのだろうけども。

何回目かの深呼吸の後、一声フミの名前を呼んだ。
一拍おいて俺を招き入れたフミは、酒が飲める喜びからか嬉しそうに笑っていた。寝巻きに一枚羽織っただけの無防備なフミに、心臓が大きく跳ねる。


「ふふっ、どうぞ入ってください。誰にも見付かってないですか?」

「あ、あぁ、大丈夫だと思うぞ」

「あっ、お漬け物!さすが尾関さん! その辺に座ってください、早く飲みましょう」


部屋の中のぼんやりとした灯りに照らされて、フミの笑顔はどうにも艶かしく見える。それだけ俺が欲求不満なのか、それともフミが魅力的なのか。あるいはその両方か。

向かい合うように座ると、フミは俺に猪口を差し出して酒を注いだ。
酒を飲む前から酔っているような感覚に陥りつつ、俺はフミに注がれた酒を一気にあおる。
なんだかんだ言っても、この酒は美味かった。

俺が飲んだのを見て微笑んだフミに、今度は俺が猪口へ酒瓶を傾けた。


「そ、そんなに注がなくていいです…っ」

「そんなに入れてねぇだろが…。なんだ、乗り気だった割には下戸なんだな」

「いえ、下戸じゃないです、お酒好きですし。ただお酒飲むと暑くなってくらくらして、あんまり記憶が残らないだけです。人よりはちょっと飲めないってだけですから。」

「…好きなのと下戸なのとは関係ねぇだろ。つーか、相当弱ぇだろ、それ」

「うぅ…そんな、そんな事は…。のっ、飲めますし!ほら…っ」

「あっ、あんまり一気に…」

飲むもんじゃない、とフミの手を掴んで止める。
けれど既に猪口の中は空になってしまったようで、フミは小さく声を漏らしながら目元に涙を溜めた。きっと酒の味に堪えている為に生理的に出た涙なのだろう。
こうなってしまっては、手を離して見守るしかない。

ごくりと喉を鳴らして飲み込んだフミ。
短く息を吐いたフミは、一粒の涙を流してから俺の事を覗いて恨めしそうに眉根を寄せた。


「…う、美味かったか?」

少しすっ飛んだ質問を投げ掛ければ、彼女は唇を尖らせる。


「…美味しかったです。 でも…、一気に飲むのは…らめ…れす…、おぜきひゃんがよくへも、わたしは…らめなんえふ…」

ふわふわと視線が宙を舞う。果たして、本当に味などわかったのだろうか。
そう疑いたくなるほどに、フミの頬は一気に赤くなり、次第に回らなくなっていく舌で必死に俺への恨み言を連ねる。

空になった猪口を見つめ、首を倒して俺に突き出した。まだ飲む気か。そう思ったけれど、へらりと笑ったフミに負けて、俺はその盃に酒を注いだ。
「おぜきひゃんも、飲んれくだひゃ…」と弱々しく言ったフミは、俺の猪口へも酒を注ぐ。
絵に描いたように酔っ払うフミ。
そもそも、一杯を一気に飲んだだけでここまでとは、本当に弱いのかもしれない。

俺の持ってきた漬け物を指でつまんで口へ入れると、無意識なのかその指先を舐めた。ちゅ、と音が鳴り、敏感になっていた俺はそれにすら欲情にかられる。


「えへ…おいひぃ」

満足げに一言呟いたフミは、微笑みながら正面に座っている俺の口に漬け物を突っ込んだ。
どうぞ、と溶けそうなくらいに甘い声で言うフミに、俺の心臓は平常に戻れない。フミの指が俺の歯に触れて、思わずそれを甘噛してフミの動きを止めた。
思い切り拒絶してくれれば、今なら引き返せるだろうに。そう思ったけれど、目を丸くしつつも柔らかく微笑んだフミの表情に、理性が飛びそうになる。


「ゆび、噛んれますよ」

「…ん」


無意識でやってるんだろうか。
それとも、俺を試してるんだろうか。

そう考えたけれど、どうやら間違えたと思ってるようだ。
くわえたその手を開放しつつ、逃げられないように掴んで手首に口付ければ、緊張と恐怖で身を強張らせたのが伝わってきた。


「…お前、酔いすぎだろ」

「お、…おぜきひゃんも、酔ってま、す…っ」

短く声をあげたフミは、唇を噛み締めて俺を見上げる。
手を掴んだままもう片方の手でフミの頬に触れると、そこはひどく火照っていた。その所為だろうか、フミは小さく「冷たい」と呟く。
けれどその温度が心地よかったのか、猫のように擦り寄った。


「冷たい、けど、きもちぃ…」


笑いながら言った言葉に、俺は我慢が出来なくなるのを感じた。
あぁ、もう。

側にあった猪口の中身を一気にあおり、無防備なフミの唇に口付ける。
首の後ろから押さえつけてフミの口内に酒を注げば、彼女は一瞬抵抗するように俺の胸を押した。
力なく行われたそれに気付いて唇を少し離したけれど、今度はフミの方から俺の唇にそれを重ねた。酒の味に溺れたのか、その行為に溺れたのか、それはわからない。けど、それを受諾と受け取った俺は、もう一度フミの口に噛み付くように口付けた。

こくりと喉が鳴る。
舌を絡めれば甘い声が漏れて、柔らかい唇が少し震える。フミの身体の力が抜けていくのを感じて畳に押し倒せば、熱っぽい視線が俺に注がれた。


「おぜき、しゃん…っ」

「…今日の事、忘れるぐらい飲めよ。」

「…んっ、…あ、ぅふぁ…っ」

「ふ、…んっ。 ほんと、下戸の酒好きなんだな…」

「ん、んん、…お、ぜきさ、…ふあ」


口移しで酒を飲ませる俺に、フミの表情は段々と柔らかくなる。
火照った頬に触れればその冷たさを求め擦り寄って、たとえ口移しだとしても酒を飲ませればその顔は綻んだ。


「…も、…っと、くらひゃい…」

寝転んだまま俺に腕を伸ばしてそう言ったフミを、俺はどうにも放ってはおけない。

酒に溺れたか行為に溺れたか。
フミに対してそう感じたけれど、これはフミじゃなくて俺に当てはまる事なのかもしれない。

フミという、酒よりも甘いそれに溺れ、俺はその行為に溺れているに過ぎないのだ。


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