斎藤さんの変わった趣味
幽霊というのは、不確かだから怖いのだと思う。
物理的に始末出来るのであれば、それは生き物であったり植物であったり、これが犯人だ!と断定する材料があるという事だ。
けれど幽霊は不確かであり、犯人を突き止めても物理的に始末するなど到底不可能なのである。
だから、幽霊は怖い。それが私の考えだ。
「…なにも…っ、なにも怖くないなにも…うぎゃぁぁっ何か揺れ…っ、うぉお、ただの木だった…」
手燭片手に廊下を一人で歩く私は、真っ暗な庭の微かな変化も幽霊に見えて仕方ない。
うう、こんなことなら夜中に厠に行かなければ良かった…。いや行かなかったら明日の朝まで体が持たなかったかも…おねしょは嫌だ…。
もういっその事、厠に一番近い部屋を寝室にするというのはどうだろう。
…でも、男の人達が厠に寄るのを日夜目にしなくちゃいけないのは嫌だな。
今の部屋が良い距離感かもしれない。
というか、私が夜に厠へ行こうと思わなければいいのだ、そうだそうなのだ。
私の意見がそう纏まった瞬間、庭に人影が見えた。
ビックリしすぎて声ではない何か別の物、身体の中身が出そうだった。肩を抱きながら庭に目を向けて、やらなきゃ良いのにそっと手燭をかざす。
すると、庭の人影がこちらに近付いていて、私はもうどうにもならなくなってその場にへたりこんでしまった。
恐怖で立っていられなくなった私に、人影は首を倒す。
いよいよ私も死んでしまうのだろうか。そう思ったけれど、手燭をより前へ掲げてみれば、その人影の正体はどうやら…
「さ、…斎藤さん…?」
「…何故、そんなところに座っている…」
「いや…貴方の所為ですが…」
「…?」
無表情で目元まで前髪を垂らしている斎藤さんは、私の言葉に首を傾げた。
立ち上がろうと足に力を入れたのだけれど、どうやら腰が抜けて動けないようだ。もうすでに座っているのに、腰を抜かすことってあるとは思わなかった。
手燭を床に置き、無言で首を傾げている斎藤さんの名を呼んで両の手を伸ばす。
無論、立たせてもらう為だ。だって今、自分の足で立てる気が全くしない。
その意味を汲んでくれたのか、斎藤さんは私の手を引いてくれた。
引いてくれたのだけど、勢いが良すぎて、私は斎藤さんの腕の中に抱き上げられる形になった。横抱きにされた私に、いつの間に拾い上げたのか、火の消された手燭が渡される。
え?と短い疑問をぶつけるが、斎藤さんは何にも気にしないように庭の方へと進み始めた。
「ど、どこに行くんですか?」
「…フミの、部屋に」
「えっ、いや、良いですよ、お構い無く」
「…」
「…えーっと…もしかして斎藤さんの所為だって言ったからです?」
「……」
「…いや、あの返事を…あっ、頷いてくださって有難うございます。気にしなくていいんで、下ろしてくださ…あ、駄目ですか、そうですか…。 すみません、ではお言葉甘え…言葉じゃないか…えっと、あっ、ご厚意に甘えてお願いします」
首を振るか頷くかはしてくれるようだ。
意思の疎通は、こっちが頑張れば取れそうな気がする。そう思った私は、どうにも下ろしてくれない様子の斎藤さんに、気になっていた事を聞いてみた。
夜の庭で何をしていたのか、非常に気になっていたのだ。すると斎藤さんは足を止めて、流れるように空を軽く仰ぐ。
上に何かがあるという事なのかな…。
私もそれに倣って空を見て、瞳に映った物に感嘆の声を上げた。
「はぁ…っ、凄く綺麗な月…!」
「…」
「そうか、今日は満月なんですね…気付かなかった…。いつもこういう夜にはお散歩してるんですか? …へぇ、知らなかったです」
「…笑わない…のか?」
「えっ、私、今めちゃくちゃ笑顔じゃ…あ、そういう意味じゃないですね。すみません。 別に、あざ笑うような事じゃないですよ」
「…」
「寧ろ私は、斎藤さんの事を知れて良かったなぁって思いました」
目を細めてそう言えば、斎藤さんは驚いたのか肩を一瞬だけ震わせた。表情が顔に出ないだけで、この人の思ってる事って結構わかりやすいかもしれない。
再び歩き出したその足取りは、なんとなく軽くて嬉しそうだった。
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