あの子について語る
(島田さん視点)それは、フミちゃんが買い物に出ている昼八つ時の事である。
「フミちゃんって、本当に可愛いよね」
沖田さんが、先程までフミちゃんが座っていた上がりかまちを見ながら、心ここにあらずな状態で呟いた。
その一言に反応したのは俺の隣にいた雅次郎だけじゃなくて、原田さんや永倉さん、藤堂さんなども同意するように頷いた。
「そ、そうですよね!笑顔も似合うし、声も優しくて…」
「確かに声もなんも可愛いよな…っ。身体も、どこ触っても柔らかかったし…」
「そうそう、肌もキレイでもち肌だし、胸も大きくて片手で収まらない感じがまた!」
「唇の感触も気持ちいいし…あ、息を乱しながら上目遣いで涙ぐんでるのとか、最高にそそるよなぁ」
はにかんで言った藤堂さんに、原田さん沖田さん永倉さんが、銘々に感想を述べる。
その内容に、藤堂さんと雅次郎が目を見開いた。
けれどどうやら三人も思うところがあるらしく、一様に動きを止める。
「佐之助、女と話すのが苦手な筈だよな? それがどうして、フミちゃんの身体が柔らかいって…?」
「それを言ったら、総司のむ…っ胸がどうとかってのが可笑しいだろうが」
「えー?僕は事実を述べたまでなんだけど。反応とかスゴく可愛いんだよ。 二人とも変な空想繰り広げるのは止めたらー?」
フミちゃんカワイソー。と口の中に金米糖を放り込む沖田さん。そんな沖田さんに、永倉さんが好戦的に笑った。
「その言葉、そっくりそのまま総司に返すわ。 恋愛経験もほぼないみたいだし、そんな経験もまずないだろ」
「あ、そういやハジメテだって言ってたなー。まあ僕は最後まではシてないけど」
「…俺もまだ口吸いしかしてないけどな」
聞いてると、フミちゃんが可哀想になってくると同時に、振り回されている組長達も可哀想に思えてきた。
雅次郎と藤堂さんは互いに目配せしつつも、やはりどうにもならないようで当惑気味に沖田さん達を見ている。
原田さんは、沖田さん永倉さんのお二人を訝しげに睨んで「ずりぃぞ!」と声を荒らげた。
その騒ぎの中、土間の戸がカタリと鳴いた。けれど、それに気付いたのは恐らく俺だけだろう。
フミちゃんが帰ったのかと思ったけれど、あまりにも早すぎる。ここで副長などが来てくださればちょっとは静かになるだろうか。
けれど、戸の向こうから聞こえた声は予想に反して、軽やかで甘いものだった。あ、これはまずい。
「すみません、財布──」
「俺だってあんな半端なもんじゃなくて、もっとフミの身体触っておけば良かった…!!」
「…財布、忘れて…わたし…」
「あっ?!」
原田さんが欲望のままに叫んだと同時に、土間の戸が開いてフミちゃんが帰ってきた。
フミちゃんの足元に、腕に抱えていた空の篭が転がる。今の様子だと、原田さんの言葉はしっかりと耳に届いているだろう。
籠を拾う素振りを見せずに騒いでいた原田さんを見つめるその視線は揺るがない。その表情は、怒っているような笑っているような、なんとも言えないものだった。
ただ、感情は昂っているのだろう。その頬は次第に赤く染まっていく。
「…わ、悪い、その、フミ…?」
「や、悪気はないんだよフミちゃん、むしろこいつは本気で」
「止めろよ!俺だけに罪を擦り付けるな!」
「フミちゃん、二人とも変態だから注意した方がイイよ〜」
「総司てめぇ!」
「さっ、三人とも止めてくださいよ…!」
弁解と足の引っ張りあいで騒ぎたつ三人を、藤堂さんが止めに入る。未だ黙ったままのフミちゃんに雅次郎と俺が声をかけると、彼女ははっとして後ろを振り向いた。
誰かがいる訳でもない台所まで拙い足取りで歩き、その手でしっかりと包丁を掴む。そのままこちらに顔を向けたフミちゃんは、瞬きを数回繰り返してから微笑みかけると、確かな声音でこう言った。
「いくら原田さん、沖田さん、永倉さんの三人でも、イチモツ切っちゃえば盛らないですかね?」
目が本気だ。
それに気付いた全員が、息を呑んだ。
けれど何かに気付いたように声をあげたフミちゃんは、俺の方に目を向けた。
「あんなモノもう二度と見たくないんですけど、切るとしたら目にしなくちゃいけない上に触らないとですよね…。島田さん、どうしましょう…」
どうしましょうって…。
いたって真面目な面持ちで尋ねたフミちゃんに、俺は閉口する他なかった。
けれども、この一件からしばらくは、フミちゃんは静かな日常を送ったようで、朗らかな笑顔を見られたので良しとしようと思う。
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