永倉さんにたじたじ



この前のお団子、美味しかったなぁ。
また行きたいけど暇がないし、はて、どうしたものか…。

敷布を竿に引っ掛けながら、私は空の青を見上げて考えた。

尾関さんや島田さんに言っても「仕事は仕事だから、時間内はきちんと」と正論を述べられてしまうだろう。


違うんだよ、私は抜け出したいと言ってるんじゃなくて暇がほしいって言いたいんだよ。
むしろどうしてこの前はどうして甘味屋に行けたんだっけ。



「…あぁ、永倉さん」

そうだ、永倉さんだ。永倉さんに誘われて、仕事が終わってたら行こうって話で…ん?ということは…仕事が早めに終われば甘味屋に行くのも夢じゃないんじゃないか?

それに気付いた私は、篭の中の敷布に手を伸ばした。
と同時に、耳元で囁くように名を呼ばれ、柔い吐息が耳の穴を刺激する。



「ひぁっ」

「あはは、可愛い声が出るもんだね」

「なっ、なななななっ、が、くらさん…っ!」

「ようフミちゃん、相変わらず元気そうで何よりだわ」


あっぶねー、もうちょっとで「何すんだテメェふざけんな!」と殴りかかるところだった。

そんな事を考えているとはつゆ知らず、耳を押さえていた私の手に永倉さんがおもむろに手を添えた。ゆったりとした動作で行われたそれに反応が遅れ、私の手ごと頬を撫でたと思ったら、そのまま首筋に指を這わせる。
ぞわりと、鳥肌が立った。

「っ、な…永倉さんも相変わらずですね」


相変わらず煙たい行動ばっかりだ。そして想像通りの女たらし。訝って永倉さんの顔を半目で睨むが、永倉さんには通用しないようで目を細めて微笑んだ。
何か用事があって訪ねてきたのだろうに、それについては一向に言葉を紡がない永倉さん。待ちきれなくなった私は肩に添えられていた手を払い除けて、永倉さんに疑問を投げかける。


「何か、ご用ですか?」

「んー…用事っつーか…。フミちゃんが俺を呼んだから来たんだけど」

「何を仰いますか、私は別に…、…ん?確かに名前は口にしたか…? いや、でもあんなのお名前を呟いただけで、別にお呼び立てしたかった訳じゃないですけど」

「結構しっかりと声に出してたと思うけどねぇ。 あーでも、フミちゃんが俺の事考えてくれたってだけで、俺は嬉しいよ」


そう言って、永倉さんは私の頭を撫でた。
名前を呼んだだけでそこまで喜ばれるのなら、過ごしやすくする為にもいつだって呼ぶのに…。
…ところ構わず呼んでたら変人か、そうか、自重しよう。

撫でてくる手から逃げるように露骨に後ろに下がると、背中や腕に干したばかりの敷布が当たって少し冷たい。
ひんやりするそれに再度鳥肌を立て、私は敷布から離れて尚且つ永倉さんからも距離をとった。

その様子に、永倉さんが首を傾げる。


「…あの、ついさっきまで忘れてたんですけどね。あんまり仲良くすると、私達を恋仲だって勘違いしてる藤堂さんが…勘違いして、ん?その、勘違いするので…えっと…、うん? すみません、とりあえず、勘違いされてるので、永倉さんと二人きりでいるのは」

「…なんかよく分かんないんだけど、とりあえず勘違いがダメだって事?」

「そうです、私もよく分からなくなったんですけど」

「ふぅん…じゃあこうしたら良いんじゃね?」


永倉さんはそう言うと、距離をとった私に歩み寄った。若干の恐怖を感じて永倉さんが一歩寄るのにあわせて一歩下がると、彼は眉を顰(ひそ)めて手を伸ばす。
それからも逃れようと後ろに下がったのだけれど、下ろしていた腕に濡れた敷布が触れて、これ以上は進めないと知らされた。
しまった、袋のネズミだ。
そう思った瞬間に永倉さんの手が私の後ろの敷布を掴んで、いよいよ私の退路は断たれてしまった。


「…何のつもりですか」

「いやね。フミちゃんがあまりにも聞いてくれないから」

「はぁ、すみません。私、真面目に語らぬ方の言葉なんて、興味はないので」

「ほら、そうやってすぐはぐらかすんだもんなぁ。俺はいつでも大真面目よ?」


じんわりと肌を湿らす敷布に包まれ、私の視界には青い空と白い敷布と、それから不敵に笑う永倉さんが映る。
やばい。本能でそう感じた瞬間には、私の唇に何かが触れていた。
口付けられているのは考える間もなく理解できた。けれど離れる事は叶わず、そのまま深く唇と舌を吸われる。


「…っ! なっ、なにす…っ、んんっ、…っはぁ」

「ね、本当に俺と恋仲になっちゃえば、ん…、勘違いじゃなくて済むんじゃないかな…」

「は、…っやぅ、そんな、んぁ…っ」


口付けられながら尋ねられたけれど、正直そんな事を考える余地がない。


「ふ、あ…っ、恋とか、ん、した事…な、いですし…っ!」

「じゃあ、俺が教えてあげるから安心して 」


余裕しゃくしゃくな笑顔を見せた永倉さんに頭の中が蕩けるくらいに濃厚な口吸いを施され、結局人が通りかかるまでの少しの間受け入れざるを得なかった。

てめぇなんか願い下げだ、という、詳しい返事をさせぬまま去っていった永倉さんに、私は唇を噛み締める。
そして、藤堂さんの誤解をより濃い物に変えてしまったと気付いたのは、その日の夜であった。


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