尾関さんは意外とチョロい



島田さんは、とても優しい方である。

私の掃除が拙くても、私の買い物が遅くても、それを怒る尾関さんを宥めつつ優しく諭してくれる。
なんてお心の広い、慈悲深い人なのだろう。

そんな人に、私もなりたい。



「おいこらフミ!聞いてんのか!」

「え? あぁ、はい、聞いてますよぉ、私の仕事の遅さに尾関さんが痺れを切らして大激怒してる最中ですよね」

「わかってるなら…っ!何とか考えろぉぉ!」

頭を抱えて叫んだ尾関さん。そんな尾関さんの隣で、島田さんも眉尻を下げて目を細めた。ほら、ここでも怒りはしないのだ。

簡単に怒るような尾関さんじゃなくて、ささっと補助に回れるような素晴らしい島田さんみたいな人に、私もなりたい…。


「なりたい、じゃねぇよ!てめぇが俺を怒らせてるんであって、俺はいっつもカリカリしてる人間じゃねぇっつーの!!」

「あれ?私、口に出してました?」

「はは、思い切り出してたな」

「あれぇ…、すみません島田さん…。あの、尾関さん、悪気はないんです、全て本心で」

「お前は俺を怒らせて楽しいのか!」

「えっ、何言ってるんですか、そんな訳ないじゃないですか」

「じゃあ少しはっ、反省をしろ…っ!」


わなわなと震える尾関さん。…この人の奥さんは苦労しそうだな、こんな怒りっぽいのが旦那さんじゃあ…。
力一杯睨まれた私は少しでも『反省』が伝わるように頭を垂れた。出来る限りのしおらしい声で謝れば、一瞬言葉に詰まった尾関さんの吐息が耳に届く。
…あと、もう一押しか。


「幼い頃から飄々としすぎていると、散々言われ続けてきました…。だから、ここに来てやっていけるのか…本当に心配で…」

「フミちゃん…」

「でも、ここまで言われちゃったら女中失格ですね。 申し訳なくて…嫌になっちゃいます…っ」

「…あぁもう…っ!わかった!わかったから、そんな顔すんなよ、俺が苛めてるみてぇじゃねぇか」

「尾関さん…っ」



え、あれ、苛めてるつもりはなかったのか。
マジかよやべぇなこの人。

眉根を寄せて口許を押さえれば、きっと泣きそうな風に見えるだろう。実際は笑いを堪えてるだけなのだけど。

そっと尾関さんに歩み寄って、彼の袖口をついと引く。身長差があまりないので、少し身体を横に倒しながら上目遣いで尾関さんの顔を覗いた。
近所のお姉さんに教えてもらった、男に媚びる時の最善の方法だ。それから己の最高の笑顔を見せて、要件を言うだけ。
前後の流れから、微かに目を潤ませるのも忘れずに…


「これからは、もう少しだけ優しくしてください…」



その言葉に、尾関さんの頬は見る見る朱に染まった。

しっ、しょうがねぇなぁっ!と私の頭を撫でる尾関さんに、私は勝利を確信して拳を握ったのだった。



因みに、私の後ろで島田さんが「女って怖いな…」と独り言ちた事など、知る由もなかった。


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