ふわふわブレイクタイム(いち)

!attention!
今回の話は、単行本のみ登場のキャラクターが出ています。
ヨアケモノの井上源三郎さんを知らなくても読めますが、気になる方は飛ばしていただいても差し支えありません。









「サチさん、そこまで終わったら一緒に休憩しませんか」



廊下のはしっこまで雑巾がけをしていった私に、そんな声がかかった。
え?と顔を上げてそちらを見れば、そこにいたのは隊服にたすき掛けをして微笑む井上さんだ。

私はすぐさま頭を下げる。
が、勢い余って、綺麗にしたばかりの廊下に頭突きしてしまった。


「いぐっ…!」

「だ、大丈夫ですか?突然頭を下げるなんて思わなかったですよ」

「すみません、お、お疲れ様です…! 頭をぶつけた事に関しては、井上さんが気に止めるような事はなにもありません。
むしろ、組長格の方が私のようないち奉公人に声をかけてくださって至極有り難き事でして!すみませんすみません!」


深く深く頭を下げたままそう言えば、頭上からは困ったような声が降ってくる。
それから「いやいやいやいや!そんな大層な者ではないですから!」と言葉が続いた。


「サチさんがなかなか戻ってこないと島田さん達が言っていたからね、それならばと私が名乗りをあげたんですよ。…だからその…顔を上げてもらえませんか」

「滅相もない…!いえ、しかし困らせてしまうのならば、す、…す、すみません」
 

ものすごく申し訳なさそうに言うものだから、私は渋々顔をあげた。   
謝罪は忘れずに溢したけれど、それに対して井上さんは苦笑いだ。


「本当に、山崎君の言う通りですね」

「あ、う、…謝る癖の事、でしょうか」

「そう。すぐに謝ってしまう可愛らしい女の子だ、とか言ってましたよ」

「かっ、かわっ…?!  いや、山崎さんは…そそっそうやってすぐからかうから…! すすすすみません、ぅお、お世辞でも嬉しいです」


「んー、あれはからかってる感じでは無さそうですけど…あ、これ言ったのは内緒にしてくださいね。山崎君に知られたら怒られてしまいますので」


ふんわり笑った井上さんは、人差し指を立てて唇に添えた。
しー、と小さく言ったのが聞こえて、私は背中をまっすぐに伸ばして姿勢を正す。


「言いません言いません!井上さんが内緒と仰るなら、私は何も話しません!」


「それは良かった。 さぁサチさん、島田さん達が待ってますから行きましょうか」



廊下の端っこで正座していた私の前にしゃがんだ井上さんは、先程ぶつけた私のおでこを優しく撫でた。
それから手を差し出すと、私の手を取って起立を促す。

倣って立ち上がれば、彼は目を細めて微笑んだ。

すみませんと呟けば大丈夫ですよと返ってきて、その笑顔はとても優しかった。

それにしても、山崎さんは色んな人に私の噂話をしているのだろうか。
私だって、怒る時は怒るのだ。
次に会った時はからかわないでくださいって…うーん、言えるだろうか…。


「あ、あのぅ、井上さん」

「ん?」

「う、あ…、…えっと…。 お、お忙しいのにご足労いただいて、すみませんでした…っ」

「ああ、それくらいどうって事ないですよ」


井上さんに、山崎さんが他にどんな事を言っていたか訊こうと思ったけれど、なんだか不毛な気がして思い留まる。

たどり着いた広間で、お茶と干菓子をいただけば、なんだかそれもどうでも良くなってしまった。
それどころか、気になった事実も干菓子を食べ終える頃にはころりと忘れてしまったくらいで。



でも、井上さんが優しかった事を山崎さんに話してちょっと不機嫌になられるのは、これはまた別のお話…。



To be continued.

なんで山崎さんが不機嫌になるのかまでは感じ取れない、少し不器用なヒロインちゃん。

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