頭上から落ちてくる幸せ(いち)



二条大橋の側にある、料亭の一室。
尾関サン達が局長らに話をつけ、局長達の計らいで組まれたのは、私とサチのちょっとした会談だった。

サチにも話は伝わっていて、今日は一人で此処へ来てくれるという。
突然に言い渡されたそれは、私にとって千載一遇のものだった。


程なくして、サチは申し訳なさそうな表情をして現れた。


「お、お久し振り、です…!」

「…久し振りっス。元気そうで何よりっスよ」


紅をさしていて、前とは違う雰囲気のサチ。
その様に、心持ち頬が熱くなる。
あぁ、えぇと、その…。意味のない言葉を吐き出して、私は手を握りしめた。

そうしていると、サチは微かに笑ったのが見えた。つられて、私も口許が緩む。
会えて良かった、そう伝えようとしたのを遮るように、サチが私の名を呼んだ。


「私、山崎さんに会いたかったんですよ」

身を強張らせた私に、ぎこちなく微笑んで目を細めた彼女。
その様子に、緊張はゆっくりと解けていった。


「わ、私も会いたかったっス」

「…っ! よ…良かったです…、山崎さんの態度が、少し素っ気なく感じたから…その、あの…飽きられてしまった、かと…」

「そっ、そんな!」

「っ?!」


「そんな訳、ないじゃないっスか!飽きたり、嫌いになったりだなんて!」


声を荒らげて言ったそれに目を丸くしたサチは、瞬きを何度か繰り返して溶けるように微笑んだ。

それは本当に綺麗で、いつも通りの笑顔なのにも関わらず、今までとは違う感覚がした。

薄くひいた紅の所為か、しばらく会わなかった時間の所為か、それは私にもわからなかった。



「…あ、えっと…、お父上の容態はどうなんスか?」

「え? あ…、大分良くなりました。 急に出ていく事になってしまって…その、挨拶もそこそこになってしまったし、本当になんとお謝りすればいいのか…。も、申し訳ありませんでした…」

「いや…お父上が病で倒れられたんスから、仕方ないっスよ。誰の所為でもないっス」

「…ぅあ、有難うございます…っ。そう言ってもらえると…た、助かります、すみません…」


すみません、の一言に、以前と変わらぬサチなのだと安堵する。同時に、この少しの間で、謝り癖が戻ってしまったのかもしれないと、不安に思った。
思案を巡らせるように視線を泳がせたサチは、私の顔を一瞥してから「あの…」と、小さく声を絞り出した。


「あの、私…もう戻ります」


意を決したように言った彼女に、思わず肩を震わせた。

戻る?こんな少しの再会で、私はまたサチと離れなければならないのだろうか?

そんな事言わないでほしい。
そう思い、弾けるようにサチの手を掴んだ。


待って、と口内で呟く。瞠目した彼女の瞳に映る滑稽なお面は、私の焦りなど微塵も感じさせない表情のままだ。


「…っ、やま、ざきさん…?」

「い…っ、一緒に、帰りましょう。私、サチに会いたい一心でここへ来たんス」

「…え?」

「サチが居ない屯所は、寂しいんスよ」


出来るだけ、サチが思考を止めないように。
呼吸を滞らせた所為で、この前は倒れさせてしまったのだ。
だから今日は、そんな事にはならないように、私が細心の注意を払わなければならないだろう。

そう考えながら言葉を紡ぐ。
けれどサチはまぁるく見開いた目を瞬かせ、首を倒した。そして言葉を続ける。



「…えっ、あ、あの…私、ちゃんと、屯所に戻ります…よ…?」

その一言に、今度は私が目を丸くする番だった。


To be continued.

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