の唇に口付けて(いち)



八木邸の側を流れる小さな川。
その川縁に腰掛け、私 山崎烝は傍らの石を握りしめた。



(…離ればなれ、と言われても)


放り投げた石は、ゆるい放物線を描いて川へ飛び込んだ。
ぽちゃんと小さく音を立て、石は丸い波紋を作り出す。


あの日、サチは荷物をまとめて新撰組から去っていった。
父親の具合が悪いというのは人伝に聞き、挨拶も出来ぬまま彼女は私の手の届かぬ場所へと旅立ってしまった。

もう会えないだろう笑顔を思い出し、私は盛大に溜め息を吐く。

川縁で膝を抱えていると、何だか幼い子供に戻ったようにも感じた。
手頃な石を掴んで、もう一度川へ放る。
山なりに飛んでいく塊は、抗う事なく水に波紋を作り上げた。


「なにやってんのー?」

「…石、投げてるんス」

「楽しい?」

「…別に楽しくはないっス。 それより沖田サンは何しに来たんスか?」


いつの間にか隣に腰を下ろしていた沖田サンは、私の顔を覗くように体を折り曲げて笑っていた。


「山崎さんをからかいにきました!」


悪びれる様子もなくそう言った沖田サン。
宿している獣刃と同じく猫らしい自分勝手な笑顔を湛えた彼は、それはそれは楽しそうに目を細めた。

そんなに私が落ち込んでるのが楽しいんスか?
訊ねれば、これまた楽しそうな肯定が返ってくる。


「山崎さんは、本当にサチちゃんが好きなんだね」

「…、好きっスよ。それがいけないっスか」

「いけなくないよ。 僕だって、サチちゃんがいないとおしるこ仲間が減ったなって悲しいよ」

「おしるこ…そ、そうっスか」

「あと、ワンコがサチちゃんと仲良くしたかったみたいでしょんぼりしてたし、尾関さんや島田さんもちょっと元気ないかな。 …でも」


そこまで言うと、沖田サンは立ち上がって伸びをした。
小さく唸って、それからまた笑い声をあげる。

途切れた言葉の続きが気になった私に笑ったのか、それとも続く内容に笑ったのか、それは定かじゃない。
けれどその笑いは、どことなく愁いを帯びていた。


「一番元気ないのは、多分、サチちゃん自身じゃないかなっ」

ね、そう思わない?
訊ねられ、唇を噛み締める。

確かにそうかもしれない。
せっかく仕事にも慣れ、これから頑張っていくのだろうと思っていた矢先のこれだ。
しかも父親が倒れたとなれば彼女の心身疲労だって想像に難くない。

それを思うと、私が落ち込んでいては申し訳が立たないのではないか。



「だから、僕らは普通にしてようかなーって思って」

「…私も…、私もそうするっス」


そう言えば、沖田サンは川辺の草を踏み分けながら歩き出した。
その動向を顔ごと追えば、彼は「甘味屋行ってくる!」と笑う。


「お土産買ってくるよ。 だから山崎さん、元気出してね!」


駆けて去っていく背中の、なんて楽しそうな事。


(また会える…。会えないのなら、無理にでも探しに行くっス…)

川のほとりに連なって咲いた紫色の桔梗が風に揺れた。
立ち上がった私は、悲しげな花にそっと触れて伸びをした。



To be continued.


桔梗の花言葉は、「永遠の愛」「誠実」…など。

紫色の桔梗の花と、山崎さんの想いの誠実さのお話でした。


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