諤々と画策(いち)



「好き」と、そう言ってしまった事に気付いた時には、既に取り返しのつかない状態になっていた。


抱き締めたのは、確かに私からだ。
だけれども、その後に抱き返されるとは思ってもなくて、男性である山崎さんの力で抱き締められたら最後、私は逃げるに逃げられなくなってしまった。

名を呼んでも、生返事だけが返ってくる。
身動ぎひとつ取れず、一旦離れるという望みは敢えなく潰えた。


(…どう、しよう)



嘘でした、なんて言える雰囲気ではない。
そもそも好いた気持ちは虚偽ではないのだから、そんな出任せを言うのだって憚られる。


首筋に埋まる彼の顔はいつも通りのお面なので、触れるのは肌ではなく固い質感のそれだった。
顔に結構な圧力がかかっているという事は、私の首にある圧迫感でなんとなく気付いた。

…痛く、ないかしら。

深く考えないで、そう思う。

抱き締められているのが恥ずかしすぎて、私は意識を少し斜め上の方向へ投げた。
気にしては、いけない。


「サチ」

「はっ、はいぃぃぃ!!」

「…、ちょっと驚きすぎっス」

「すみません、あの…油断、してました…」


私の返答に、山崎さんは声を出して笑った。
それに恥ずかしくなり、思い切り彼の胸を押す。
この時には山崎さんの腕の力はさっきよりも弱くなっていて、簡単に身体を離す事が出来た。

気にしてはいけなかったが、反応を遅らせてもいけなかったのだ。
その抜かりに、私は閉口する。


見つめ合えば、当然の如く私の頬は赤く熱くなっていく。
山崎さんはお面を着けているから、こういう時、とても狡いと思う。

もう一度私の名前を呼んだ山崎さんの声音は柔らかくて、きっと優しく微笑んでいるのだろうと予測出来た。


「私も、思っている事を言ってもいいっスか?」

「は、はい!」

「…最初に会った時、とても元気なお方だなと思ったんス。それから、可愛らしい方だな、と」



淡々と、それでいて切々と語る山崎さん。

触れた腕は柔らかくて、握った手は暖かかった。
サチを知れば知るほど、もっとサチを知りたくなった。

けれど、逆に怖くなってしまった…



そう語る声は、少しずつ弱気になっているように聞こえる。


「いつかサチを傷付けてしまうんじゃないか…と。そう思ったんス」

「……」

「だから、本格的に傷付けてしまう前に、私はサチを突き放してしまおうと──」


苦しそうなその声色に、私は思わず山崎さんの手を握った。
一瞬強張ったその五指は、幾ばくか置いてから私の手を握り返す。


「でも、耐えられないっスね。自分の気持ちに、嘘はつけないっス」

「や、山崎さん…」

「ねぇサチ。私、サチの事が好きなんスよ」


気付いてたっスか?
優しく告げられたそれは、話の流れから想像していた物だ。
けれど想像よりも暖かくて、予想よりも気恥ずかしい。
それから、考えていた以上に心身的衝撃の大きい物だった。


「……っ、は、…!」

「…サチ?」

「ふ…、ぅ…ぁっ」

「ちょ、サチ、落ち着くっス。落ち着いて呼吸を…」



あぁ、何だかクラクラしてきた。
まともに息が吸えなくて、吐く事もままならない。
浅くなってしまったそれに、私の頭は考える事を放棄した。



最後に聞こえたのは、私を呼ぶ山崎さんの焦った声だった。



To be continued.

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