恋に焦がれたホタル(いち)

 


彼女に触れたいと、そう思い始めたのはいつだっただろうか。

サチが誰かと話す度に胸が痛んで、誰かに笑っているのを見る度に気分が悪くなる。

尾関サンと一緒に出掛けるなと言ってしまった時に、あの子はあまりにも素っ頓狂な事を言った。
私の気持ちを知られなかった安堵感と、サチの鈍感さに対する若干の苛立ちはない交ぜになって『無』に近付いた。

何も変わらずに、ただサチと過ごせたらいいのに。
新撰組の毎日は危険と隣り合わせだけど、それでも平和を守るのが仕事だから、サチと過ごす平和も一緒に守れたら全てが丸く収まる。


私は…山崎烝は、それほどまでにサチという女性に焦がれているのだ。



──それなのに。



「あ、山崎さーんっ。 サチちゃん、町で迷子になってたから捕獲したよー!」

「ほ、捕獲?! あ、あの、只今戻りました…山崎さんっ! すみません、道がわからなくなって…こう、まっすぐの道なのに迷うっていうのもおかしな話なんですが…、あの…すみません…」


「あははっ、サチちゃん謝りすぎ〜っ」



先日、迷子になっていたというサチが沖田サンと手を繋いで帰ってきた。
屯所の門を潜った辺りで離された二人の五指は、なんの意味もなく繋がれたものだと思う。
いや、そう思いたい。

私は、どうしても彼女が他の男と居るのが嫌で仕方なかった。



悋気を起こしてる場合じゃない。
前にそう言ったけれど、それでもやはり、嫉妬心はサチに固執して執着をしていた。
己自身の愚鈍な考え方にほとほと嫌気がさす。


笑ってくれるだけで良いと思っていたのは、もう過去の話なのかもしれない。

頭を撫でるだけでは物足りない。
初対面の時に手を握って感じた肌の柔らかさを、例え手袋越しでも知っているのだから。



「…はぁ」


溜め息は重く吐き出されて、海底に沈んでいるような圧迫感さえ感じた。
飴を置いていった彼女の背中を見ているしか出来なかった私は、懐紙に包まれた黄金色の飴をそっと握り締めた。


「…サチ」


きっと、彼女は傷ついたと思う。
非道く冷たい対処をしてしまった事を悔やみ、それでも優しく接しようとしてくれたサチの優しさに溺れた。

疲れている時は飴を舐めるといい。
そう言っていたのを思い出して、懐紙から一粒拾い上げた。

そのまま口に放り込めば、その見た目通りの味が口内を染めていく。


(…甘い)


まるであの子の存在を思わせる甘さだ。
疲れを癒してくれるというそれだって、サチと同じじゃないか。

その飴に歯を立てて噛み砕けば、塊はいとも簡単に砕けた。


飴玉のようなサチ。
謝る癖の抜けない、気の小さな彼女を傷付けるのだって、今みたいに簡単だ。

砕けた飴は先程よりも甘さを口の中で主張し始める。
傷付けてしまったサチも、この飴のように甘さを主張してくれるハズだ。
それともこれは、私が良いように考えすぎなのだろうか。


放っておいてほしいのは本心だ。
けれど、その所為でサチが私以外の場所を拠り所としてしまうのならば、それではあまりにも報われない。

傷付けた事で、私にだけ甘さを…優しさを投げてくれたらいいのだけど。
そんな虫のいい考えは、もう一度飴に歯を立ててそれと一緒に噛み砕いた。


実は最初から読んでなんかいなかった本を閉じて棚に並べ直し、私は大きく溜め息を溢す。
次に会った時、どんな風に接したらいいのだろうか。
悩んだところで答えは持ち合わせていなくて、見付ける事も出来ない。
再度溜め息を吐いて、私は部屋の外へと歩き出した。



To be continued.

[ 11/26 ]

[*prev] [next#]
[back]

[TOP]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -