全てが一方通行で
(いち)
あの子は今頃どうしているだろう。
そう思っている隊士は、隊内に多く居ると思う。
けれど殆どが、行動には出していなかった。
突き放せと言われているのに会いに行くなど言語道断。
そんな職務違反、一体何になるのか。
そう思ったら、行動に移すのも馬鹿らしく感じていたのだ。
けれど、簡単に抑えられる欲望ってのは、なんて小さいんだろうか。
紫煙を燻らせ道を歩く俺は、誰に何にも伝える事なくその道を進んでいた。
一目見れたなら、それだけでも幸福だ。
何をだなんて野暮な事は訊いちゃいけねぇ。
俺は、あの笑顔を…小百合の笑顔を見れたなら、それで──
「にゃあぁぁ…」
猫が、一声鳴いた。
その鳴き声に反応して見た路地裏で、黒猫がにんまりと頬笑む。
黒猫…いや、あの時 天人の元にいた黒猫のような男は、甘言を弄して俺の心に忍び寄った。
「あの女、きっと貴方を待ってるんじゃないですか?」
「突き放すように言ったのはそっちじゃねぇか。…テメェ、なんの真似だ」
「おや、私は貴方の為に動いただけなんですけど」
ね、土方さん。
語尾にハートでも付いているのではないかと思えるほどの猫なで声が、俺の名前を呼ぶ。
「そういえば、知っていますか?」
「…なんだよ」
「あの女の事です。今、万事屋さんに居るそうですね」
男は、頭に被っていた薄い布を持ち上げて、こちらに顔を向けた。
初めて見たそいつの顔はとても整っていて、それから嘘臭い表情に微かに後込みする。
「彼女、あの場所に軟禁状態らしいですよ?」
猫の鳴き声が響く中で、男は妖艶に微笑んだ。
「ふざけんな…」
俺の呟いた声は、薄暗くなってきた空に消えた。
男の言った言葉に、心がざわめく。
深く考えずにそこから駆け出した俺は、小百合を守る為に万事屋に全てを託すしかなかった事も、その為には極力外に出ないようにしているだろう事も、何ひとつ考えつかなかった。
少し考えれば浮かんだであろうに、その時は小百合を助けたいという気持ちだけが止まなかったのだ。
俺の背中を見送った男が心底楽しそうに口角を上げたのは、俺は知るよしもなかった。
走る。
行く先はあの白髪頭の居る場所だ。
ただひたすらに、走る。
俺の意識は、万事屋の野郎を懲らしめる事以外を考えるのを放棄した。
「そんなに大事なんだったら、殺して手元に置いておけばいいんじゃない?」
物騒な言葉が、頭に響く。
去り際に、黒猫が囁いた物だ。
その言の葉は確実に俺の心を揺らして、そして蝕んでいく。
しばらく駆けてたどり着いた先は、分かりやすく『万事屋』の看板を掲げて俺を待っていた。
To be continued.
闇堕ち要員、土方十四郎[ 116/129 ][*prev] [next#]
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