広がる安堵と不安(に)


「山崎さん…、で、いいですか?」

「あ、ハイ。お好きな様に呼んでいただいて結構です」


ペコッと頭を下げれば、大和屋さんは口角を上げてまた小さく山崎さん、と繰り返した。
そんな大和屋さんの行動に微かな照れを感じた俺は、はぐらかすように気になっていた事を訊ねる。


「えぇっと、……大和屋さんはその『異世界の女性』を探してどうするつもりなんですか?」


確かこれといった理由は、とっつぁんから説明されなかった筈だ。
大和屋さんは俺の質問にキョトンと首を傾げると、ちょうど横を通った猫の背中をゆっくりと撫でた。くくっと尻尾の先まで撫で上げられた猫は、満足そうに大和屋さんの傍らに落ち着く。


「…りゆう、ねぇ…」

「? …はい、あの…無理に、とは言いませんので……」

「あぁ、いえ。理由が言えない訳じゃあないんですけどね」


ただ何処から話そうかなぁと。

そう言って、大和屋さんは笑った。にっこり、なんて可愛らしい笑みではなく、それは何と言うか、ニッと眼を細めた怪しげな笑顔だ。

怖いと、直感で思った。
ゾワゾワと背筋が粟立ったのがわかる。



「そうだなぁ…。大切な人を、取り戻す為……かなぁ」

「た、大切な…。異世界の女性が、その『大切な人』なんですね。」


そうか、と納得して頷いた俺。
けれど大和屋さんはそんな俺の言葉に、目を見開いた。



「たい、せつ?」

「え…あの、…違うんです…か」


何か、的外れな事を言ったのだろうか。
そんな事を思ってると、大和屋さんは静かに立ち上がり足音を立てずに俺の目の前まで歩み寄った。衣擦れの音だけが耳に届く。


(う、わ…)


そのまま腰を下ろし、やんわりと俺の頬を撫でる。首筋から顎までをゆっくりとなぞっていく指が、それはもう色めかしくて仕方ない。
気恥ずかしさと擽ったさで、俺はぐっと身をよじった。


「あ、あの、大和屋さん?」

「ねぇ、山崎さん。その探してる女の子、とぉっても可愛らしい子だから…いっぱい愛でてあげてね…?」

「あの、え、…はい。」

「いっぱい優しくして、沢山愛して……、そしてこちらに依存させてしまって。」



顎を弾いた長い指は、再び俺の首筋を撫で上げる。脳に擦り込まれていく大和屋さんの言葉の意味が、何だか理解し切れない。

優しくして、愛してあげて、この世界に依存させてしまう?


(貴方が探しているのは、本当に『異世界の女』自身?)




紅い目に意識を奪われつつ、俺はそう思った。

もし探しているのがその子自身なら、探し出した後は大和屋さんに引き渡すのではないのだろうか。
『見付け次第、彼女の行動を監視』して『優しくして、愛してあげる』のなら、すぐに大和屋さんの元へ引き渡す訳ではない、という事になる。

彼女を探し出して、大和屋さんは何をしたいんだろう…。


(異世界の女って、何者?)





俺はそう考えながら、眉をひそめた。すると大和屋さんは、また華々しい笑みを見せて部屋の外へと繋がる障子へ歩み出す。

衣擦れの音をさせて移動する大和屋さんは、部屋を出る瞬間にこちらに振り向き、


「……貴方が私にとって良い結果を残す存在になる事を願ってますよ、山崎さん」


裏のあるにんまりのした口元で、ゆっくりとそう言った。

[ 53/129 ]

[*prev] [next#]
[back]

[TOP]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -