狭い空の中(に)


「……と、まぁ。こんな感じで逃げてきたんでさァ」


此処は真選組の屯所。
万事屋からがむしゃらに走ってきて汗だくになった私達を見て、トシちゃんが「…何やってんだお前ら」と訊ねたのはちょっとの事だった。



「こんな感じって……、お前はそれで大丈夫なのか?」

「…だ、大丈夫…だもん、帰ったら謝るもん。……それより、女中さんの話無くなってないよね!」



その為に急いで来たんだもの、と、トシちゃんを見上げる。するとトシちゃんはあぁ、と短く声を漏らした。
それが嬉しくて、私はへらっと口元を緩ませる。


「総ちゃん、私女中さん出来るって!」

「良かったですねィ、小百合。女中ってからには、今夜の夕飯は楽しみにしてやすぜ」

「うん、小百合お料理出来ないけど頑張る!」

「……は?」


思いっきり笑って言った私に、トシちゃんと総ちゃんが同時に声を上げる。顔を見合わせ、どうしやす?いやどうするって、と話し出したかと思うと、トシちゃんが困った顔をして私に訊ねた。


「……お前、料理出来ないのか?」


突然の質問にキョトンとすると、私は首を傾げて出来ないよ?と言ってのける。
やらせてもらえなかったから、と付け加えれば、その返答を聞いたトシちゃんは盛大な溜め息を吐いた。
それに入れ替わりに、今度は総ちゃんが私に訊ねる。


「じゃあ、何で女中やりたいなんて言ったんでさァ。」


「だって私、新選組の女中さんに憧れてたんだもん。 あゆ姉っていってね、すごーくお料理上手で、すごーく優しかったの!」



あゆ姉はもう死んでしまっているけれど、それでも、私の永遠の憧れの人だ。
あゆ姉の笑顔は、みんなに小さな幸せを運んでくれる、ステキな笑顔。そんな笑顔を思い出して、私はゆっくり微笑んだ。
あゆ姉の御飯、美味しかったなぁ。


「……小百合、そんな笑われても可愛いだけでさァ」

「総悟お前ちょっと黙ってろ。 あのなぁ小百合、女中ってのは炊事や洗濯をやる奴の事を言うんだ。だから…」


バツの悪そうに頬を掻き、トシちゃんは私の顔を覗いた。



「えっ、じゃあ小百合、女中さん出来ないの?!」

「まぁ、そうなるな。つーかお前、何も出来ないでよく女中やるって意気込んだな…」


トシちゃんはそう言うと、呆れた様に頭を振った。

私は呆れられてしまった悲しさと、楽しみにしていた女中が出来ないという衝撃に、首を折って落ち込む他ない。
意気消沈とは、正しくこういうコトなんだろう。

はぁ、とほぼ同時に溜め息を吐いた私とトシちゃんは、ぱっと目を合わせ、また深く溜め息を吐いた。
お互い、予想外な出来事だったという事だ。


「小百合は向こうでは家事してなかったんですかィ?」

「うん…。だってね、ご飯も掃除も洗濯も、ぜーんぶトキさんがやってくれたもん。やる!って言ってもやらせてくれないし〜……」


むぅと唇を尖らせ、私は袂を口元で遊んだ。
やらせてくれなかった、っていうか、正確には一回手伝ってボロボロだったからやらせてくれなくなった、ってだけなんだけど。


「まぁ…仕方ないですねィ。とりあえず小百合は、女中以外の事で真選組に勤めるっていう感じですかィ、土方さん?」

「そうだな…。」


トシちゃんは顎に手をあてて考え、不意にこつんと私の額を小突いた。
急に攻撃された私はただ驚き、何故かトシちゃんじゃなくて総ちゃんに「何?!」と訊ねた。勿論返事は「知りやせん」だったのだけれど。

怖ず怖ずとトシちゃんを覗き込めば、トシちゃんは変わらない表情でキセル…じゃなくて、煙草に火を点けた。


「じゃあ…山崎にやらせてる雑用とか、そういうのの手伝い、やってもらって良いか?」


トシちゃんが喋る度に、ふわっと草の燃える匂いが鼻を擽る。キセルの匂いは、小さい頃を思い出して…なんだか悲しい。
私は火の点いた煙草の先の光を、じぃっと見つめた。ゆらゆらと、キセルにはない蛍火が私の思考を遮る。


「小百合?」

「へ、あ!ゴメン! えっと、さがるんと雑務すればいいんだよね。わかった、頑張る!」


一点を見つめていた私の前で、意識を引き戻すように総ちゃんの手が振られた。それに我に返り、私はぐっと握りこぶしを握る。
今は、そんな弱音を言っている場合ではなかった。


新ちゃんの所に帰るまでは真選組が私の場所で、万事屋が私の家。
それは逃げようのない事実なんだから。


(雑用、頑張らなきゃ!)


淋しいなんか、言ってらんないの。



To be continued.

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