その時の私(に)

 
「……あ…の、えと…」

ごろんごろんと畳を転がった塊は、きっと生き物だろう。そしてきっと、銀ちゃんの友達なんだろう。

見事に回転して、綺麗な着地を見せたこの気持ち悪いヒトが友達…。
ん?ひと、……人?!


「人じゃない!絶対に人じゃないよ!」


「随分と酷い事を言う娘だな、それではエリザベスが可哀相ではないか」


大きく頭を振って白い物から意識を逸らそうとしていると、どこからともなくそんな声が聞こえた。
それはさっきの白い物からではなく、どうやらその後ろからのようで、気味が悪いと思いながらも、私は好奇心に負けて白い物の方を覗き込んだ。

そこに居たのは、黒い長髪の切れ長の目をした……美形という部類に入るであろう顔付きのお兄さんで、思わず開けた口は塞がらない。
けれどお兄さんは眉間にシワを寄せて言った。



「お主、こんな所で何をしておるのだ? 此処は銀時の家の筈、…前まではお主のような娘は居なかったぞ」

「んと……貴方は銀ちゃんの友達ですか?」

「む…、ふふふ、まぁそういう事になるな」


嬉しそうに笑ったお兄さんは、そう言って私の前に腰を降ろした。
白い塊もそれに倣うようにお兄さんの斜め後ろに正座…のような形で座る。

その姿は、正しく滑稽という言葉が似合うようなものだった。というか、そもそもその白い塊が滑稽でならないんだけども。



「……それで、お前は?」


「へ? えっとねー、銀ちゃんがお客さん来たから、小百合今からおまんじゅうで休憩なの」

「いや、しようとしている事ではなく、名前を聞きたいんだが。」


私の発言に、お兄さんは苦笑いを浮かべてそう付け加えた。
それならそうと、はっきり言ってもらいたいものだ。


「えと、私、小百合。昨日からココでお世話になってるんだけど…お兄さんは?」

「お兄さんじゃない、桂だ。」

「かつら、さん?……かっちゃん?」

「かっちゃんじゃない、桂だ。」

「……かっちゃん?」

「だから、かっちゃんじゃない、桂だ。」

「かっちゃんじゃ、ダメ?」

「ダメに決まっているだろう。」


お兄さんは、かっちゃんと呼ばれるのは嫌らしい。桂だ、の一点張りじゃ、私もなんの太刀打ちが出来ない。
唇を尖らせて反抗するが、どうやら勝ち目はないだろう。


「……じゃあ、桂さん。」

「…なんだ」



(あ、今ちょっと拍子抜けした感じの顔した。)


どうやらかっちゃんから手を引いたのが意外だったらしく、桂さんは少しきょとんとする。
私からしてみれば、その状況にキョトンだ。


「やっぱりかっちゃんがイイの?」

「いや、遠慮する。」


もう一度挑戦してみたけれど、今度はさっきよりも丁重に断られてしまった。

(まぁ、桂さんは桂さんだからそれでも良いんだけど)

きっと口に出したら「じゃあ何故こだわったんだ」と怒られそうだから、この事は黙っておこう。

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