悲しみは消えゆく(に)




「あの子は、もうココには居ないよ」


私の疑問に答えるように、天人さんはそう言った。
それから、猫目を細めて私に微笑みかける。

黒猫のような天人さん。彼は私に歩み寄ると、ゴロゴロと喉を鳴らして私の頬を撫でた。


「…ここに、いない?」

さっきよりも柔らかい雰囲気で語りかけるその姿に、少し怖くなる。このヒトは、どうしてこんなに明るく振る舞うんだろう。

鈴さんはもうここにいない。
それの意味がよくわからなくて唇を閉じれば、天人さんはその唇にそっと触れて、肩を揺らして笑った。
そして、言う。

「あの子、結局小百合を殺してくれなかったろう?それどころか、和解しそうだったじゃないか。そうなってしまっては、全てが水の泡なのだよ」

「こ、殺されたり、しないもん…」

「あぁ…なんて強情な子。けれどもそれが君なんだね。とても素敵だよ」


反論した私に、天人さん目を細める。頬を手のひらで挟まれれば、プニプニとした肉球のある五指に微かに鳥肌がたった。
明らかに人ではないヒトに触れられているのが、少しばかし怖い。
天人さんの手は、まるで人間のように指が五本あるのだけど、指の腹に猫と同じような肉球がついているのだ。

小さな猫さん達が、私の足元をするすると歩き回る。時たま触れる尻尾や体がくすぐったくて、私は天人さんから離れるようにして足を動かした。


「…わ、私を、みんなの所に帰して」

「それは無理な相談だね…。言ったろう、私には君が必要なんだよ」

「…必要…? …あ、あのっ、必要なのが殺すためなのはおかしいと…、おかしいと思うの!」


猫を踏まないように後ろに下がる。私の言葉に、天人さんは目を細めた。
鋭い眼差しに動きを止めれば、睨んだ事など嘘だったみたいにまた柔らかく微笑んでみせる。

こわい。だれかたすけて。
そんな気持ちがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
胸にある花の印が、ちくりと痛んだ。

思わず顔をしかめれば、ちょうどよく天人さんがこう尋ねる。


「あぁ、そういえば…胸に付けられた刻印は、黒く染まったかい?」

その質問にハッとした。この印は、天人さんが付けたものなんだろうか。
答えが見付けられず、私はそれをはぐらかす。


「君の胸に刻んだ花の印、その存在には気付いてるだろう? 赤い花びらは、どれだけ黒に染まったんだろうね」


そういえば、夢の中で見た時は何枚かの花びらが黒くなっていた。それを思い出した私は、口を噤んで押し黙る。
けれど、それは肯定してるのと変わらない。天人さんは嬉しそうに口角を上げて、耳をピクリと動かした。


「…高杉という男に、君に花を付けるようにとお願いしたんだ。それは君の命のカウントダウンなんだよ」

「かう…だう? なに、それ」

「あぁ、そうか、君には伝わらない言葉があるんだったね。ふふ、教えてあげよう」


そう言うや否や、私に詰め寄った天人さんは私の胸元を大きく開いた。
驚きのあまり叫ぼうにも叫べない。胸を露にされた恥ずかしさと、見られている恐怖が、私を縛り付けた。

胸元の花の印に指を這わせて、天人さんは笑った。



「この赤い花びらの全てが黒く染まる頃、君の命は朽ちるのだよ。」

「…っ!」

「ふふっ、良い顔をするね。その絶望にまみれた表情、ゾクゾクする…」


本当に楽しそうに笑ったその顔に、私は息を飲んだ。

理解ができない。
私を求めている天人さん。今まで隣にいるよう求められた事はあったけど、死ぬ事を求められるのは初めてだ。
しかもこんなに慈しむような表情で、優しく語りかけて…、それなのに、私の死を願うなんてどうしてこんなにもムチャクチャなんだろう。


「こちらの世界の真選組に、土方というのがいるだろう? 真選組の全体は動かせなかったけれど、あの男だけは堕ちてくれてねぇ。君を殺すのが最善だという答えに、行き着いてくれたよ。
鈴は標的を変えたから止めたようだけど、君の恋人を殺して奪うのも、また一興かもしれないなぁ」

「こ…っ、殺されないもん!私も、新ちゃんだって、簡単には負けないんだから!」

「……ふ、ふふ…っ」

「わ、わたっ、し、…っ! 私、万事屋に戻るからね!何があってもっ、何があっても新ちゃんと一緒に京都に…っ」


私の言葉にも天人さんは笑ったままで、私はもどかしさで顔を歪めた。

早く、早く。早く助けに来て。
祈りが届くのがいつになるのか、それは今の私にはわからないことだった。


To be continued.

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