猫とねことネコ
(に)
「…あぁ、鈴。戻っていたのかい」
目の前の天人さんがそう呼んで、私の回りの小さな猫さんは音のした方向へ駆けていく。
一匹残った大きな黒猫さんは、少し身を起こして私にすり寄った。
どうやらこの子は私の側からは離れないつもりらしい。
鈴と呼ばれたその人の顔を盗み見れば、向こうもこちらを凝視していた。
目を見開いたその人に見覚えがある。今までに何回か顔を合わせている、黒い肌に黒い服を着た、赤い目の男の人だ。
きっと、この人が新ちゃん達が言っていた鈴さんなのだろう。
鈴さんはまっすぐに私を見つめて、どうやら驚いているようだった。その足元で、猫が鳴く。
にゃーにゃー。
微かに動いた鈴さんの唇が、何を紡いだのか私にはわからなかった。
けれど私の背後で、天人さんが声に出して笑った。
猫みたいな見た目だからだろうか。どうやら耳が良くて、さっきの言葉も聞こえていたらしい。
「小百合はね、私の為にここにいるんだよ」
「…『お前』の為に? 俺の先生を、蘇らせてくれるんじゃ、なかったのか…?」
「あはは、気でも狂ったのかな。 死人が再び心臓を動かすなんて、そんな事ある訳ないのに」
「…っ!」
天人さんの言葉に絶句して、鈴さんはその場に立ち尽くした。
鈴さんの言い分を簡単に捩じ伏せた天人さん。何か行き違いがあるのかもしれない。鈴さんはそれに眉を顰め、私と天人さんを交互に見比べた。
悲痛な表情を浮かべた彼を見ていると、また首筋に触れられた。完全に油断していた私は、肩を跳ねさせて振り向く。
天人さんは楽しそうに口許を歪めて、私の肩を掴んだ。
「小百合は、私の命だ。そして、君の命は私のものなんだよ」
どくん、どくん、と、恐怖の所為で胸が鳴る。
金色の目を細めて笑う天人さん。反転させられたので、背中に黒猫さんを感じながら天人さんの笑顔を受け止める。
私の頬を両手で包み込み、どうしても逃げられないように束縛される。あまりの恐怖に、私は大きな黒猫さんの柔らかな毛を後ろ手に掴んでそれを拠りどころにした。
どうしても逃げられないこの脅威を、優しく佇むこの黒猫さんが静めてくれたら、どんなに嬉しいか。
そう思っている最中も、険悪な雰囲気を醸す二人は会話を進めていく。
「俺を、利用したのか…?」
「さぁ、何の事やら」
「円小百合をこの世界の人間に殺させれば、その憎悪の力で吉田先生を蘇らせる事が出来るって…っ、出来るって言ってたじゃないか…!」
「あぁもう、うるさい子猫だな。 あんな口から出任せを信じるだなんて、君も随分と妄信的な人間のようだ。…まぁ、そのお陰で私は助かったけれど」
話を聞いている限りでは、きっと鈴さんもこの人に騙されていたのだろう。
「ふざけるな」と繰り返し叫ぶ鈴さんの声は、悲愴にまみれている。けれどもそれを聞く天人さんは、どうにも楽しそうな笑顔を浮かべていた。
To be continued.
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