どこまでも黒い空(に)




苦しい…痛い!
そんな感情が渦巻いて、助けを呼びたくても、押さえられた喉を声が通り抜けていかない。


その瞬間、大きな音と一緒に首の圧迫はなくなって、爪が引っ掛かったのか微かな痛みが走った。
不思議に思う間もなく、愛しい声が聞こえてくる。



「あんた、誰? 小百合にこんな事して、ただで済むと思うなよ」

「ってぇ…。 …チッ、お前こそ誰だ、真選組に殴りかかるなんて、公務執行妨害でしょっぴくぞ」

「しんせんぐみ…。 そうか、あんたがあの時屯所を空にしてた奴らね。 悪いけど、今 小百合の首を絞めてた事を『公務』とは言わないんじゃねぇの?」


私を背中に隠して、新ちゃんがトシちゃんを責める。
私は喉を押さえて咳き込むと、何回か深呼吸を繰り返した。


「…し、ちゃん…っ、まって、…っ」

「小百合、殺そうとした奴の肩を持つのはやめてよね。 この前もそうだったけど、もっと危機感を持ちなさい」

「う…ごめんなさい…。 で、でもトシちゃん、…なんかおかしいのっ!」


その背中に抱きついて、新ちゃん越しにトシちゃんを確認する。
ゆらりと揺れた定まらない目線に、やっぱりいつものトシちゃんと違うと感じた。

そんな事をしていると、トシちゃんは舌打ちをして腰の物に手をかけた。


「…邪魔くせぇな」

そう呟いて、白刃をこちらに向ける。
新ちゃんは身構えるように、腰に差していた銀ちゃんの木刀を握った。

その瞬間、地面にぶつかる鈍い音が耳に届く。

一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
どうやら、路地の奥の暗がりから大きな男の人が出てきて、トシちゃんを地に押さえて沈めたようだ。

トシちゃんが短く呻く。
ひどく傷つけられた訳では無さそうだが、それでもものすごい力で潰されたのは、やっぱり痛いはずだ。



「膕(ひかがみ)、そのまま押さえとけ」


屋根の上から、そんな声が聞こえた。
その瞬間、私の胸についた赤い花が痛む。聞いた事のあるその声に微かな不快感を覚えながら上を見れば、そこには赤い眼をしたあの男の人が立っていた。

息を呑んだ私と同じく、新ちゃんも身を強張らせる。


にんまりと目を細めた男の人は、トシちゃんを担いだ大男に指示を出してそこにしゃがんだ。
楽しそうに笑った表情とは裏腹に、声と行動はちょっとつまらなさそうだ。

頬杖をついて私達を見下ろす目は、とても冷ややかである。



「良かったなァ円小百合、助けてくれる人がいて…。 そっちの隊長サンも、どっかの絵巻に出てくる主人公みたいだったよ、ちょうどいい時に助けに入ってて」

「…なんのつもりだ?」

「そっちの副長サンには円小百合を殺してもらおうと思ってたんだけど…焦ったよ、途中で隊長サンに標的を変えちゃうんだから」



信じられない言葉を吐いた男の人から遠ざかるように、新ちゃんが後ずさる。
押されるように後退した私は、抱き付いていた新ちゃんから体を離して、けれど離れないようにその羽織を握りしめた。
そんな私達に、男の人は意地悪く笑う。


「安心しなよ、今日はこれで終わりにしてあげる」

「…それで『ハイそうですか』って言えると思ってんの?」

「ははっ、信じてくれないの? 酷いなぁ、幕府の犬は…。膕、行くぞ」


私達を見下した赤い瞳は、大きな男の人を呼んでそう言った。
「御意」と短く答えたその人は、トシちゃんを肩に担いだまま歩き出す。


路地裏の暗がりに消えた背中と、屋根の上の不快な笑顔。
私の胸はチクチクと痛んで仕方なく、新ちゃんを掴む手の力を抑えられなかった。

私の名を呼んで「大丈夫?」と訊ねた新ちゃんの横顔に、短く肯定を述べる。
安心したように微笑んだ新ちゃんは、こちらを一瞥してから私の手を握った。


「じゃあね、お二人さん。 次はきっと、俺の思い通りになると思うよ」


そう言った男の人は、上辺だけの笑顔を張り付けたまま去っていった。

思い通りになる。
それはきっと、私の命が危険に晒されるという事なんだろう。

(…大丈夫、新ちゃんが守ってくれる)

握られた手の平の温かさに、私はゆっくりと息を吐いた。



To be continued.


弔辞様からお題お借りしました。

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