幸せの構図
(に)
行ってらっしゃい、と声をかける。
行ってきます、と声が返ってくる。
こんな幸せってないだろう。
新選組屯所と私のお家とは離れていたから、そんな言葉のやり取りは頻繁に行われる物じゃなかった。
だから、今、仕事に向かう新ちゃんにそう言えているのはとっても幸福なんだけど…。
「…今日は、下まで送る」
新ちゃんの袂を摘まんで、小さく呟くように私は言った。
そんな私の手を取って、新ちゃんは諭すように頬笑む。
「ここまででいいヨ」
「いつも、お登勢さんの所までは一人でも行ってるもん」
「明るい時だけじゃん」
「でも新ちゃんに行ってらっしゃいってやりたいもん…」
「今ここでやったデショ?」
「むぅぅ…」
玄関の戸を閉めた万事屋の前で、私と新ちゃんの攻防は続く。
これは、新ちゃんが仕事の時に大体為される事だった。
でも今日はちょっと違う。
今日は何だか、いつもより離れたくない。
「…なんかあった?」
「行ってらっしゃいって言える幸せと、夜は新ちゃんに会えないさみしさにぎゅーってなってる…」
「葛藤してるって事かネ…。 うーん、寂しいって思ってくれてるのは嬉しいけど、小百合が寂しいのは俺も寂しいんだよなぁ」
「! わ、私も、新ちゃんがさみしかったら、さみしいよ!」
頬を掻く新ちゃんの言葉に、私は声をあげた。
そしてその懐に飛び込む。
ぎゅう!と言えば、はいはい、と抱き返してくれる新ちゃんに、私は顔を綻ばせた。
「上向いて」
「へ? …んぅっ」
「ん、…はは、いい顔。 これで今日も頑張れるヨ」
少しずつ橙に染まる空と、新ちゃんの満足そうな笑顔が視界にいっぱいになる。
一瞬では何が起きたのかわからなくて、私はまばたきを繰り返す。
そんな私の頬に新ちゃんの手が添えられて、唇に親指が触れた。
「どうした? あ、物足りなかったとか?」
その言葉に口を吸われたのだと気が付いて、思わず顔が熱くなる。
しんちゃん、と小さく呼べば、彼は柔らかく微笑んで、もう一度私の唇に吸い付いた。
その後、出掛けていった新ちゃんを見送って万事屋に入ったら、銀ちゃんに白い目で見られたのは、どうしても腑に落ちなかった。
To be continued.
いくら二階でも、往来でちゅっちゅしてんじゃねぇよ!という坂田さんの嫌味も、この子には通じず…。
※口吸い=キス
江戸時代には、まだ接吻という言葉はないので、口を吸うという表現をしています。
弔辞様からお題お借りしました。[ 115/129 ][*prev] [next#]
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