夕焼け、黒猫、悪の花(に)




「ほら、ネコは気まぐれでしょう?」

そんな言葉を放ったのは、屯所内の人払いをした上で隊士全員が収集をかけられたあの日、天人の後ろで顔を隠すように薄い布を被っていた男だ。
辛うじて見えていた口元はにんまりと三日月を描いていた。

気まぐれなネコは守っていたモノを手放したくなったのだと、そいつは語る。
あの子を大事に思いますか?と投げ掛けられたそれに、各々が否定ではない空気を纏った。

そんな中でも、そいつは楽しそうに笑っていた。
探してほしい、居場所を与えてほしいと、まるで迷子を里親へ預けるような口振りだった奴等は、今度は小百合を突き放せと言う。信じられないけれど、この状況を楽しんでいるようだった。


「これも必然、必要な要素です」


口元はにやけたまま、黒猫を横に携えて自身も黒猫を思わせる服を身に纏っていた男はそう言った。
度々鳴き声をあげる猫は、少しだけ鬱陶しい。


「みぃんながあの子を大事にしてるのに、あの子の一番はあなた方の中にはいない。それって、不公平だと思いません?」


問い掛けに、空気がどよめく。
そんな雰囲気を感じて、男は続ける。


「振り向いてもらいたいですよね。応えてほしいですよね。 だから一度、突き放してみましょう」


押してダメなら、と言うでしょう。
にこりと笑う男に、口々にその言葉の続きを呟く隊士達。思わず後ろに顔を向ければ、見える数人の瞳が疑りと決意に揺れていたのが解った。

まるで何かにコントロールされているような、そんな違和感も覚える。


(あの男、何かあるんじゃ…)


眉を顰めてそんな事を思っていると、隣に座っていた山崎が誰かの名を呼んだ。聞き取れなかったが、顔が向いている方向からして、恐らく目の前で支離滅裂な言葉を並べているあいつの事だろう。

そっと顔色を窺えば、苦しそうに顔を歪ませていた。あの笑っている男は山崎の知り合いなんだろうか。
けれど、その目に見える色は寧ろ、軽蔑とか不満とか、そういうもので、まるでゴミや仇を見ているようだった。



ザキ、と唇を動かしたのと同時に、大きな物音が辺りに響き渡る。
それは俺らを呼び出した天人が傍らの行灯を倒した音だった。倒れた行灯が貼ってあった紙を燃やして、少しずつ大きな炎を上げる。


「円小百合を突き放せ。触れ合うな。想いを固めろ。 それでもあの娘が靡かなければ、無理にでも引き寄せればそれもまた…一興だと思いません?」



クスクスと軽い笑い声が空気を揺らす。
まるで犯罪を促進させるような言葉回しに瞠目すれば、後ろから小さな声で「確かに」と聞こえた。隊士の中に、あの男の言葉に同意する奴がどれ程いるんだろうか。
それは即ち、小百合を傷付ける行為になるのだろう。


この子の言う通りにしてもらおうか。
顔にサラシを巻いた天人が、ごうと燃える炎を真横に携えて言う。
にゃおんにゃおんとそこかしこで猫が鳴き出した。それに反応して、上座の二人は立ち上がる。

天人の後ろについて歩き、出口に差し掛かった時に振り向いた笑顔の男は、口角をにんまりと上げたまま言い放った。


「貴方達が、私にとって良い結果を残す存在になる事を願ってますよ」


翻した羽織の衣擦れの音は、どうも耳に残る。
扉の向こうに二人と多数の猫が消えた後も、燃えた行灯の火を消そうと上着で消火活動をする数人を除いた殆どが、奴の言葉の意味を噛み締めていた。






小百合ちゃんには、しばらく休暇を与えよう。

屯所に戻って、交通規制から帰ってきた十番隊にも事の顛末を話した後、近藤さんはそう提案した。
置いていった部屋から姿を消した小百合は、万事屋の旦那が一緒に居るはずだと原田が言う。それは好都合だ。

きっと、あの言葉に唆(そそのか)される隊士は現れる。後々刃傷沙汰になるくらいならば、最初からその機会を与えなければいい。
突き放せという達しに従いながら小百合を出勤させても、彼女にマトモな仕事をさせる事など出来ないだろう。先日まで親しげに話していた奴らに蔑ろにされるのを見るのだって、みんな心苦しいだろう。


それなら最初から、ここに寄り付かせなければいい。


会わない事で守れるならば。
それで彼女が傷付かないならば。

万事屋の旦那にイイトコ持ってかれるのは悔しいけれど、けれどそれが吉となるならば、俺達真選組は、彼女を突き放して触れないようにする事もいとわない。


だから、万事屋の旦那に任せた小百合が傷付くなんて、思ってもみなかったのだった。



To be continued.

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