桃に染まる空
(に)
広がる赤。倒れている黒。
隊士が、腹から血を流して倒れていた。
「……ッ、大丈夫か!!」
「きょ、くちょ…」
俺はそいつに駆け寄り声を掛ける。
致命傷ではない。そう直感で思ったが、堪え切れずにグッと拳を握る。
瞬間、歪む表情。その隊士は血の滲む腹を押さえながら、俺に手を伸ばした。
必死なそれを掴み、頑張れ、と勇気付ける。
「誰にやられたか、わかるか?」
「分かりません…。き、気付いた時にはもう、撃たれていました……」
「──遠距離射撃か。 待ってろ、今救急車呼んでやるからな」
ポケットからケータイを取り出し、即座に救急センターへコールする。
落ち着いて、落ち着いて下さい。
コールセンターの女性の声に促され、俺はゆっくりと深呼吸する。
バクバクと波打つ心臓。
ぐったりとした隊士を横目に見ながら、俺はケータイの通話終了ボタンを押した。
暫くしてやって来た救急車は、撃たれた隊士と付き添いを一人乗せて病院に向かった。
その間にも、呼び戻したパトカーは続々と屯所の門を潜る。
トシや総悟を乗せたパトカーは、中程に戻ってきた。トシに横抱きにされた小百合ちゃんは、どうやらぐっすり眠っているらしい。
降りてきたトシに次いで、不機嫌そうに車を降りた総悟。俺は高杉に刀傷を付けられた総悟の肩を叩いて労うと、そのままトシに顔を向けた。
「…トシ」
「至急戻れって、何があったんだ近藤さん」
「とっつぁんが、真選組の隊士全員を連れて来いと幕府中枢から達しを受けたんだ」
「はぁ?」
「屯所を空にしろ、そう言われた」
「…屯所空にしちまったら、何があるか分かったもんじゃねぇぞ近藤さん。 それに隊士全員って……小百合はどうすんだ?」
「『屯所に置いていけ』、との事だ」
俺のそんな言葉に、目を丸くするトシ。
眠りから覚めない少女を抱いたまま、不本意な息を漏らした。
置いていけ?
信じられない。
何故、空の屯所に小百合を一人にしていかなくてはいけないのか。
そう問い詰められたが、腑に落ちないのは俺だって一緒だった。
「幕府には逆らえない、分かってるだろうトシ」
「とっつぁんは何を考えて…。──いや、幕府の天人達が何を考えてんだ」
「それは俺にもわからん。ただ、俺達が行かなくちゃいかんのは、まごう事なき事実…」
「……そう、だな」
小百合ちゃんの身体をぎゅっと抱きすくめ、短く息を吐いたトシ。
部屋に連れてく、と小さく呟いて歩き出したトシの背中を見送れば、俺達の会話を黙って聞いていた総悟が俺の名を呼んだ。
「…女中なんかも帰すんですかィ?」
「そうだな、そうするしかあるまい」
「小百合は屯所置いていくのに女中は帰すってのはおかしくないですかィ近藤さん。天人の奴ら、何か企んでるとしか思えませんぜ」
「…それは分かってるさ。 でも上に言われちゃ仕方ねぇだろ?」
それにすぐに帰ってくれば、小百合ちゃんに心配かける事にはならんだろうよ。
そう言って、また総悟の肩を叩く。
不機嫌そうな面は益々曇り、ぐっと唇を噛み締めた。
そんな総悟の顔を見ていると、不甲斐ない気持ちでいっぱいになる。
「……わかった、じゃあこうしよう。 まだ戻ってない十番隊を、屯所周りの交通検問に残す。これなら屯所を空にしつつも守れるだろ」
「近藤さん…。」
「そんで、俺達はすぐに戻ってくる。 それなら文句ないだろ総悟」
「有難うございまさァ、近藤さん」
緩く笑う総悟。
うん、総悟はサドだサドだと言われているが、本当は女の子思いの良い子なんだな。
そう思いながら、俺は息を吐いた。
真選組の敵は、味方でもある。
幕府の天人を味方であり敵でもあると、少なくとも幹部隊士は思っているだろう。
午後三時過ぎ。
夏の日差しが眩しいさなか、俺は青い空を見上げて小さく舌打ちをした。
俺達は空が桃に染まるまでに帰ってこれるか。
それぞまさに、神のみぞ知る事だった。
To be continued.
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