いつかいつかと信ずるひと
 我が本丸では週休二日制を採用している。一週間の内、二日間は出陣を取りやめて、ゆるりと体を休めてもらうのだ。
 その時ばかりは俺自身も、報告を聞いて戦場の攻略を考えたり書類仕事に追われたり、新たな戦力を増やしたりだ何だと忙しない日々から解放され、まったりと羽を伸ばしていた。
 しかし、畑や馬の世話、洗濯や掃除、食事当番などは誰かがやらないと本丸運営が滞ってしまう。皆とは休みがずれてしまうが、幸い俺の本丸にいる奴らは大所帯なのだから仕方ない、と笑って内番や家事を引き受けてくれる者が数多くいた。
 そんな働き者に報いようと、定められた休息日に働いてくれた者に対して、主である俺が叶えられる範囲の簡単なお願い事を、一つ聞くという優遇措置を取っている。
 大概はあれがほしい、これをやってみたいなどと可愛らしい願いばかりだ。偶に洒落にならないおねだりをしてくる奴もいるが、そんな時は初期刀として取り纏め役になっている歌仙や近侍を任せることが多い長谷部、みんなの頼れるパパこと石切丸に相談して、それとなく注意してもらっていた。
 そんな俺の本丸の、ある日の昼下がりの一幕。


 八つ時に食べたアップルパイの腹ごなしにとのんびり本丸内を散策していた俺は、呼び止められて振り返った。
「粟田口のお昼寝会? それ、俺が混ざっちゃってもいいのか?」
「うん!」
 元気よく頷いたのは、信濃籐四郎だ。短刀達の中でも人懐っこい部類で、よく膝に乗ってくる。なんでも懐に入っていた時を思い出して、安心するんだとか。
 一緒に迎えに来たらしい蛍丸が、俺の手を掴む。
「俺と国俊もその中に混ざるから、短刀達のお昼寝会って雰囲気だけどね。まあ、俺は短刀じゃないけど」
 短刀達ってことは。
「明石は参加しねえのか?」
「国行は俺達の姿を遠くから見守りたいんだってさ。どーせ自室でごろごろするんでしょ」
 来派の太刀は割と放任主義だ。
 主に俺の力不足のせいで、明石は比較的新参の部類に入る。まだ刀剣達が今よりずっと少なかった初期の頃から本丸にいる二人は、練度の差を鑑みても自称保護者より割合しっかりしていた。
 そんな来派は、不思議なことにバランスのとれた力関係を保っている。
「ちなみに一期は……いや、愚問だったな」
 言いかけて首を振った。聞くまでもなく、過保護な長兄は可愛い弟達に纏わりつかれながら、一緒に布団へ横になるだろう。そうして寝かしつける内に眠気に誘われて、そのままうっかり寝落ちする未来まで頭に浮かんだ。
「お布団はさっき前田達と取り込んだばっかりだから、干したてほやほやだよ」
 蛍丸と繋いでいる手とは反対の手を、信濃が握る。
「へえ。気持ち良さそうだなー」
「うん! だから、早く行こう?」
 ぐいぐいと引っ張る最大限加減されている力に抗うことなく、俺は弾むような少年達の歩調に合わせて廊下を進んだ。


「とうちゃーく」
 ゆるい蛍丸の呼びかけに、室内にいた短刀達は三者三様の反応を返した。
「二人とも、お疲れ様です」
「主さまったらおっそーい!」
「時は金なりばい!」
「お待ちしていました、主君!」
「お、お布団ふかふかですよ!」
「五虎退と信濃と後藤と共に、先程取り込んだばかりですからね」
 俺を呼びにきた二振りを平野が労い、乱が頬を膨らませ、博多は相変わらずの調子で、秋田は満面の笑みを振りまき、頬を紅潮させた五虎退が一生懸命説明するのを、微笑を浮かべた前田が横から補足している。
 ――それにしても。
 むう、とちょっぴり拗ねたように上目遣いする姿はまさに……。俺は思わず真顔になった。
「そうしてるとマジで女子にしか見えない……」
「えー! ボク、男の子だよ?」
 ぽつりと主語無しで言ったにも関わらず、きょるんと白群色の瞳を真ん丸くして乱は首を傾げる。
 ぐ、あざとい! あざといぞ乱!
「こら、乱。あんまり大将をからかって遊ぶな」
 部屋の奥から現れた後藤が、蜜柑色の頭をコツリと叩いた。乱がぺろりと舌を出す。
「てへ、ばれちゃった」
「ってわざとかよ!」
 畜生、まんまと騙されてしまった。
 全力で突っ込みを入れるが、どこ吹く風とばかりに演技派な外見美少女は満面の笑みで宣う。
「だって、どうしていいか分からなくておろおろする主さんの姿、可愛いもん。……ボクよりずーっとね?」
 ぎくりと、不覚にも心臓が跳ねた。
「もう、大人をからかうんじゃありません!」
 誤魔化すように叫べば、後藤の後ろから顔を出した厚が、茶々を入れてくる。
「俺達から見ればまだまだ子供だけどなー」
「……おい厚、ばっちり聞こえてんぞ」
 やれやれと言いたげな鎧通しにじと目を送るも、軽くいなされてしまった。
「それよりほら、そんな戸口で固まってないで中に入ったらどうだ。こうしている間に、どんどん時間は過ぎていくぞ」
 事の成り行きを見守っていた薬研の鶴の一言に、わあっとみんな一斉に昼寝の準備を整え始める。
 はー……助かった。
「ありがとう、薬研」
「礼には及ばないぜ。大将」
 こそっと囁けば男前な短刀はにかっと笑った。
「ところで、一期と愛染は?」
 奥まで足を踏み入れて気付いたが、畳まれた布団は隅に幾つかあるものの粟田口の長兄の姿がどこにも見当たらない。愛染の姿もなかった。
「一兄は、お昼寝まで時間があるからって食事当番の手伝いに行きました」
「ですので、そろそろ来る頃かと思います」
「国俊は畑仕事を手伝って汗かいたから、お風呂入ってからくるって。もうちょっとしたら来るよ」
「そうか。教えてくれてありがとう」
 労いの言葉をかけて順番に頭を撫でると、秋田は頬を真っ赤に染め、平野は控え目にはにかみ、蛍丸はもっと撫でてと目を細めて催促してきた。
 その時。
 とたたたっと廊下を走る軽やかな音がして、燃えるような茜が部屋に飛び込んできた。
「悪い、遅くなった! いや〜完全に髪乾くまで行かせないって、ドライヤーを構えた国行に捕まっちまったんだ」
「……愛染殿。逸る気持ちは分かりますが、廊下を走ってはなりませんよ」
 後から来たらしい一期がやんわり注意を入れると、愛染は罰が悪そうな顔をして素直に謝った。
「うっ。……ごめんなさい」
「よろしい。ふふ、自分の非を認めて率直に謝ることが出来るのは、貴殿の美徳ですな」
 愛染はやさしく頭を撫でられ、へへっと照れ臭そうにはにかんでいる。話がまとまった所で、俺は声を上げた。
「大体みんな集まったみたいだな。ちなみに、粟田口のお昼会と聞いているんだが、この面子で全部か?」
 こくりと前田が頷く。
「はい。全員集まりました」
「ばみ兄とずお兄と叔父上は不参加だってよ」
 確かその三人は今日の食事当番だ。
「わかった。教えてくれてありがとうな」
 二人の頭に手を乗せて軽くぽんぽんと叩く。
「いえ」
「へへ」
 前田は面映ゆい表情を浮かべ、後藤は照れ臭そうに笑った。
「――では、各自布団を敷いて中に入りなさい」
 頃合いを見計らっていたらしい一期が、きりりと顔を引き締めて号令をかける。
『はーい!』
 日頃から仲が良いのも相まってか、見事に息ぴったりの返事だった。少年姿の刀剣達は途端にわらわらと動き出す。
 主はこちらですよ! と袂を握り、示し合わせたように誘導してくれるしっかり者の秋田に逆らうことなく、俺はなすがままだ。
「よし、全員たおるけっとをきちんとお腹にかけているね」
 一人一人確認していたらしい一期は、それが終わるとぽかりとスペースが空いている一つに横になり、頬杖をついた。丁度、俺と一期で左右から子供達を挟むような形だ。皆を寝かしつけるためなのか、絵本を取り出した一期が音読を始めようとすると、寝転んだまま乱が素早く天に向かって腕を伸ばした。
「はいはーい。せっかくだから、主様に読んでほしい人ー!」
『はーい!』
 数ミリのぶれもなく見事なまでに合わさる元気な声。
 満場一致かよ……。
 俺は仕方ない、と腹を括った。
「一期みたいに上手くないだろうが……それでも構わないか?」
 念の為たずねてみたが、期待にきらきらと輝く瞳が一斉に向けられるだけだ。そして大きく頷かれてしまったので、俺は観念して回覧板のように一期から回ってきた絵本を受け取った。
「じゃあ、読むぞー」
 所々つっかえながら、出来るだけゆったりと丁寧に平仮名交じりの文章をなぞっていった。
 楽しい夢が見られますように、悪夢に魘されたりしませんように。
 自然と穏やかな気持ちになって、声量に最新の注意を払いながら、物語を紡いでいく。
 午後の太陽は、障子越しに室内へぽかぽかとあたたかな陽光を降り注ぎ――眼を瞑った短刀たちから、小さな寝息が聞こえてくるようになるまで、そう長い時間はかからなかった。
 ぱたりと絵本を閉じる。
「……みんな、寝たか」
 些か疲れたが、がんばって読んだ甲斐はあったようだ。
 端の方を見てみると予想通りの光景が広がっていて、咄嗟に上げそうになった笑い声を噛み殺すのに、俺は苦心することになる。
 一期は頬杖をついたまま、うつらうつらと船を漕いでいた。
 やっぱりと言うべきか、なんというか。
 審神者界隈で演練の悪魔という異名をつけられている大太刀や、夜戦では百戦錬磨の短刀達も、皆一様にあどけない寝顔を晒している。
「寝顔は天使なんだよなー……」
 しみじみと呟いて一人頷く。
 それにしても、慣れない読み聞かせを頑張った為か、喉が乾いた。
 俺は細心の注意を払って身を起こすと、ゆっくり立ち上がった。そのまま抜き足差し足で部屋を出て行こうとするも、主……? と舌足らずな声に呼び止められてしまう。振り向くと、一期がしょぼしょぼの目を瞬いて、もぞもぞと上半身を起こしているところだった。
「すまん、起こしたか」
「いえ……それよりも、どちらへ?」
「厨に水を飲みに行こうと思って。……寝てていいぞ?」
「ならば、私もお供いたします」
 一期はさっきまで寝落ちしかけていたのが嘘のような俊敏さでもってすいすいと布団の合間を縫い、障子戸を開けた。
「寝てていいっつったのに……」
 やや呆れて夕焼け色の瞳を見つめたが、粟田口の長兄は王子様然とした表情で微笑むばかりだ。
 律儀というか、何というか。
 俺は肩を竦めて苦笑した。
 最新の注意を払って廊下に出る。俺の後に続いた一期は、開けた障子戸を静かに閉めた。


◇ ◆ ◇



 水だけを貰いに行くつもりで厨に行ったら、なんだかんだ急須と二人分の湯呑みを乗せたおぼん、それから茶菓子まで持たされてしまった。
「なんか色々サービスされちゃったな」
「……叔父上たちは気を遣ってくれたのでしょうな。ここのところ主は忙しくて、ゆっくり話す暇(いとま)もなかったですから」
 一期の言う通り、ここ最近は歴史改変の脅威に晒される地の防衛に手一杯になっていて、こんな風にまったりと茶を飲む時間もなかった。どうやら巷で噂のブラック本丸とやらが一斉に検挙されたらしく、その分の皺寄せが堅実な運営を心掛けている俺達に降りかかってきたのだ。
 知らず遠い目になる。まあそれも優秀な役人さん達の尽力によって、なんとか個々の本丸の戦力に合うように分配されたから、俺にも多少の余裕が出来た。
 刀剣男士達には週休二日制をきっちり守らせていたが、俺自身は朝から晩まで働き詰めだったからなあ。
 それを分かっていたから規則正しい生活に五月蝿い一部の世話焼き達も、本日ばかりは口を噤み、自然と目が覚めるまで寝かせてくれた。なので、普段であれば六時起床のところを、今日は十時過ぎまで惰眠を貪ったのだ。だから正直、こんなに気持ちのいい昼下がりだと言うのにに、全くといっていい程眠気はやってこない。
「せっかく昼寝に誘ってくれたみんなには悪い気もするけどな……」
「いえ――そうとも限りません」
「え?」
 やんわりとかぶりを振った一期はどこか誇らしげで。疑問符を浮かべる俺に、一期はやさしい兄の顔をして続けた。
「あの子達は、ここ最近纏まった睡眠をとれていなかった主を心配して、今回の午睡を考えついたようですからな。むしろうたた寝をして夜寝付けなくなることは、あの子達の優しい思いに反します」
「そうなのか?」
「ふふ、はい」
「本当にお前の弟は……優しい、良い子たちだな」
 背後を振り返ってこども達が健やかに眠る一室を眺める。一期もそれに倣い、慈愛の籠もった眼差しを障子越しに注いでいた。
「そうだ。まだお前の願い事聞いてなかったよな。俺の記憶違いじゃなきゃ……確か四、五回分は軽く溜まってた気がするぞ」
 この男ときたら、主が休息日も休まず働いているのにのんびり休むのは落ち着かないと言って、休日も俺の補佐や内番を積極的にこなしてくれていた。
 ちなみに身を粉にして一生懸命働き過ぎるきらいがある長谷部には、忙しい間も週に一度はきっちり休みを取らせている。働かないと不安になるだなんて、立派なワーカーホリックだ。別にそんな気を張って必死に役に立とうとしなくたって、俺から手離すことは絶対にないのに。
 その辺を、あいつはいつになったら分かってくれるのだろうか。
「そうですな……」
 これといった願いがないのか、あるいは決めかねているのか。顎に手を添えて考え込みだした一期の横顔から視線を外すと、俺は手元に視線を落とした。
「別に焦って決める必要はないからな。時間がある時にでもゆっくり考えてくれ。それよりほら、鯰尾達がせっかく淹れてくれたお茶が冷めるぞ」
 ほのかに湯気をくゆらせている灰色の湯呑みを持ち上げて、一期に手渡す。お茶は少し冷め始めていたが、猫舌の俺には丁度良い温度だった。俺は毎回目分量で適当に淹れるから、手間暇かけて丁寧に淹れられたお茶は、程よい苦味の中に甘さを感じられて好きだ。なにより誰かに淹れてもらったというだけで、更に美味しく感じるのは何故だろう。
 多分、そこに籠められた真心が嬉しいのかもしれない。
 苦い物の次は甘味が欲しくなる。俺は器に盛られた金平糖を一粒摘んで口の中に放り込んだ。そのまま味わうように舌で転がす。
 からころと砂糖菓子の感触を楽しんでいると、考えがまとまったのか一期は湯呑みをことりとおぼんに置いて、沈黙を破った。
「これからも弟達に付き合ってやって下さいませんか。御身の多忙さは十分承知しています。ですので、手が空いている時で構いません。……あの子達は貴方が大好きですからな。構ってもらえる度に、喜んでいるんですよ」
 なんだ。そんなことか。
「俺が好きでやってることだからなー。別に頼まれなくなって、構いたくなったら全力で構いにいくよ。……で、お前自身が俺に何か願うことはねえのか?」
 弟思いな粟田口の長兄らしい願い事ではあるが、それは一期一振自身の願望ではないだろう。
「いつも頼り切ってばかりだからな、お前の願い事なら全力で叶えるぞ?」
 あくまでも真面目な一期が重く捉え過ぎないように、冗談めかして笑いかける。
 一期は前に向き直ると、庭を眺めてふと息を吐いた。
「――では、この度の戦が終わった暁には、現世で花を愛でながら酒を酌み交わしましょう」
「お、いいな。それ」
 もちろん、本丸の奴ら全員を巻き込んでな。
「……それでは花より団子を愛でる会になってしまいそうですな」
 途端に渋い顔になった一期に、俺は腹を抱えて笑った。


『もう、いち兄ったら詰めが甘いんだから!』
『ええ。そこは二人で酒を酌み交わしましょうと、きっちり言わなければいけない場面でしたね』
『いけっいち兄、そこで押し倒せ!』
『バカ! 声が大きいって!』
『厚の声の方が大きいですよ〜』
『なあなあ蛍、祭りならみんな一緒の方が楽しいだろ?』
『うん。お願いだから国俊はそのままでいてね』
 ――未来の展望を語り合うのもいいが、まずは障子の隙間から此方を覗き込んでいる悪餓鬼共にとっくにバレてるぞ、と声をかける方が先かもしれない。
 頬を薄紅に染めた一期が耐え切れずに一喝しようとするのを唇に人差し指を当てて止める。 
 そのまま俺は、こども達の反応を想像しながら後ろを振り返った。
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