スターダストを飛び越えて
「星って捕まえられねえんだよな」
「ああ」

 そうだな、と遊星は俺の馬鹿みたいな台詞に同意した。食べられもしないんだよな、と呟くとそれにもああそうだな、と相槌を返してくる。遊星は良い奴だ。このサテライトには似合わないぐらい良い奴だ。時折、どうして俺と遊星が出会ったのか、或いはこうして何の足しにもならないつまらない会話を繰り返せているのか疑問にすら思う。夜空の星に手が届かないことを理解しながらも俺は天上へと腕を伸ばした。「なあ」、隣で瓦礫の上に腰掛けている遊星に問いかける。

「俺のことさ、お前嫌い?」
「名前のことは好きだ。オレたちは仲間だろう。どうしてオレがお前を嫌いになると思っていた?」

 遊星は俺を咎めるように見つめた。その青い瞳は星の輝きにだって負けちゃいない。クロウはともかく、ジャックや鬼柳、さらに俺の混ざっているような面子の中でよくもまあここまで綺麗に人格が出来上がっているもんだ。遊星にはサテライトなんて全然似合わねえや。コイツ、シティには行かないのかな。まさかずっと此処で暮らす気じゃないよな。なあ、遊星。お前は俺みたいなクズと関わって生きてくような人間じゃないんだよ。なのにどうしてお前は俺に構ってくれるんだよ────俺の心の中では遊星への劣等感と羨望がぐちゃぐちゃに混じって汚い色をしているというのに。とはいえ、仮にも今までつるんできた仲間に面と向かって言えることじゃない。だから何気なく問いかけたのだ。早く俺のこと嫌いになれよ、そう願いを小さく込めて。

「お前ならそう言うと思ってたよ。遊星。……やっぱ、お前はサテライトが似合わないよなあ」
「なぜだ」
「なぜって。そりゃあ、お前が良い奴だからだよ」
「オレが良い奴?」
「うん。壊れたテレビ、遊星のおかげで画面が綺麗に映るようになったし、ノイズも消えたし。お前いつも修理を無償でやってくれるだろ? だから良い奴」

 束の間の沈黙。遊星は神妙な顔をしていた。別にそんなにおかしいことを言ったつもりじゃないんだけどな。このサテライトでは正直者が馬鹿を見る。だが遊星はそんな凡人の決めつけた迷信をすり抜けて、自分が善と感じた行動に出る。思えば、俺にとって遊星は憎たらしい奴でもあった。劣等感と羨望だけじゃない。遊星は誰にも出来ないことをある日唐突に成し遂げてしまう。だから嫌いなんだ、俺はお前が心底羨ましいよ。遊星は俺みたいなサテライトのクズを除いて、誰にだって好かれるしさ。そんな優秀な奴がサテライトで落ちぶれてるのが納得いかないんだよ。俺のこの考えさ、そんなにおかしくないだろ?

「その程度で良い奴なのか」
「なんだよ、不満なのか」
「そういうわけではない」
「そっか」
「ああ」
「……」

 いつまで経っても会話が下手な遊星にも、俺にないものを何もかも無自覚ながら持っている遊星を嫌う己自身にもいい加減嫌気がさしてきた。「俺さ、」そろそろ痺れてしまいそうなほど負担をかけていた腕を下ろすと、俺は立ち上がる。

「サテライトから出ていくよ」

言ったらせいせいした。ようやく言えた。俺はもう決めたんだ。お前なんかと関わらなければ、苦しむことなんてなくなるんだぜ。なあ。そうだよ、最初からこうすれば良かったんだ。これに気づくのに何年もかかった俺って馬鹿だな。物を借りパクしたまんまのクロウやこの前喧嘩して仲直りしたばかりの鬼柳、今度デュエルしようぜと一昨日に約束を取り付けてたジャックには悪いけどさ。

「何を言ってるんだ、名前。オレたちはこのサテライトからは……」

 一生出られない。遊星は途中で口を閉じたが、俺にはバッチリその台詞に続けて紡がれるはずだった心の声が聞こえていた。まあ普通に考えたらそうだよな。シティなんて俺みたいなマーカーだらけのクズは一生行けねえよ。じゃあ何処へ行くかって?

「考え直せ。お前に行く宛なんてないだろう」
「ある」
「それはどこだ」
「頭上にあるよ」

 口角を上げると、遊星は俺の言葉の真意を理解したのだろう。眉間に皺を寄せて「駄目だ」と口にした。駄目。駄目か。おいおい、俺が逃げるのも許してくれないのか。勘弁してくれよ。

「名前。先程も言ったが、オレはお前が好きだ」
「それがどうしたんだよ」
「行くな」
「関係ないだろ」
「お前はオレにとって特別なんだ。いなくならないでくれ。オレを、一人にしないでほしい」
「お前にはサティスファクションの奴らが居るだろ」
「名前は一人しかいない」

 ひょっとしてコイツは俺を苦しめる天才じゃないだろうか。そう思うほど、遊星が口にする言葉は俺の心臓を的確に抉り抜いていった。「逃げるな」、遊星が俺の手を掴む。瞳の奥で静かに怒りの炎が燃えている。

「ああ、わかったわかった」

 俺は遊星の手を強引に振り解いた。尖った爪先が皮膚を裂いて、ぷつりと血が滲み出す。遊星はアスファルトの地面に染み込んでいく血液を見て我に返ったのか、すまない、と俯きながら呟いた。

「気にすんなよ」

 今日こそコイツから逃げられると思ったのに。悪態を吐きたい気持ちを抑え込みながら俺は強張った笑みを浮かべた。遊星が顔を上げた。まるで、今にも泣きそうな顔をしている。泣きたいのは俺の方だよ。お前本当に嫌な奴だよ。俺はこれから皮膚の瘡蓋が取れて肌が綺麗になっても、お前に傷つけられたことを思い出しては不快になるかもしれないのに。こんなこと一生忘れられねえよ。最悪なタイミングでお前の気持ちを俺に押し付けてくるなよ。何なんだ。なあ、遊星、お前何なんだよ。

「良かった」

 そう言って微笑む遊星の顔が本当に嬉しそうで、俺は殴りかかろうとしていた拳を止めた。ああ、良い奴だよな、遊星は。良い性格をしてるよ。ここでお前を殴ったら、俺が悪者になっちまう。

「帰るぞ、名前。此処で夜を明かすのも悪くはなさそうだが、体が冷たくなってしまう」
「…………。ああ」

 さあ、手を差し伸べてそう促す遊星に、俺は一瞬迷いながらも恐る恐る手を握り返す。遊星の手に傷跡から血が流れ落ちて、べとべとして気持ちが悪い。なのに遊星は顔色一つ変えずにうっすらと笑ったまま俺を見た。

「二度とサテライトを出るだなんて言わないでくれ」
「ああ、……」

 ここでようやく、俺は事が遊星に有利なままで終わってしまったことに気づく。もしかして、今までの流れは全部遊星が計画して実行したものなんじゃないだろうか。それとも俺はコイツに依存しているのだろうか。どのみちロクなもんじゃねえや、とスッカリ諦めて口角を無理矢理上げると、遊星は俺に「好きだ」、と呪いの言葉を再び囁いた。
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -