慣れない街の見知らぬゴミ置き場で、大バケツに腕組・胡坐で鎮座する****と、地べたに正座する俺。そうしろと言われたわけじゃないが俺は自主的にそうした。一応帽子まで脱いだ。怒らせた自覚がある。
 良かれと思ってしたことが裏目に出るんだ俺は。そういうことが少なくない。彼女の為にとやったことなのに、こんなふうに怒らせてるんだから本末転倒だ。
 彼女の、皮膚が薄そうな丸いおでこに浮かぶ青筋が破裂しやしないかと心配だけれど、むっとした頬っぺたが柔らかそうだなと、俺は場違いに思っていた。


「……なあ」

「……」

「なんでそんなに怒るんだ」

「……」

「俺、これ謝るところかな?」

「……」

「なんとか言えって…」

「……」

「……はあ……」

「なんでアンタがそうなんのよ」


 喋ってくれねえのが一番お手上げで、前にも後ろにも行けない俺が溜息を吐いたら、ようやっと口を開いてくれた。良い感じではねえけど。
 ****が怒る原因は知ってる。彼女にふざけたことを仕掛けた輩を俺がぶっ飛ばした件だと思う。思う、というかそれしかない。それ以外ない。
 ****は気の強い女で、ちょっとしたナンパなんかはまずされないんだが、その代わりというのかされる時は性質の悪い相手にしつこく絡まれることがたまにある。そういう奴らはビシッと断っても諦めが悪いもので、強引な行動に出ることも少なくない。ついさっき伸した男は****の肩を抱き寄せて酒やヤニで臭ェ息を振り撒きながら、下品な言葉で口説いていやがった。しばらくぶりに船を停泊させるこの島で、美味そうな飯屋を見つけようと二人でぶらつく途中にちょっと俺がトイレに行って、彼女を夜の街に一人で居させてしまった隙の話である。用を足して戻った俺はそれを見て、一瞬で頭に血がのぼってすっ飛んでってしまったのだ。彼女が無駄な助け舟を嫌うのは知ってる。知ってるけども。俺には無駄じゃないっつーか…しょうがないっつーか……。
 俺の溜息に更にカチンときた様子の****にちょっとビビる。もし戦ったとして、火拳のエースが負けるなんてことはないけれど、コイツは白ひげ海賊団の戦闘員であるから女としちゃあめっぽう強いし、それに、なんつーのか、なんでなのか、「ああコイツには敵わねえな」という気持ちになってしまうんだ俺は。とりあえず、溜息については弁明しなければ。


「…****が喋ってくんねえから」

「……」

「ほらソレだ」

「深呼吸してんのよ」

「なんで」

「…アンタを殴りそうだから」

「なんで?!」


 酷いと思う。ナンパヤローを嫌がってるのが見て判ったから助けたというのに、殴られるなんて割に合わない話しじゃないか。礼を言われこそすれ、そんなことされるような非は俺に無いはず。まあそもそも俺は殴られねえけどな。火だからな。


「だいたい、あんなの相手じゃないのよ。自分でどうとでもできる」

「してなかったじゃねえか。嫌なら殴ってやればいい」

「なんでアンタそうなの?」

「はあ??」

「口で済むことは手ェ出す必要無いだろっての!馬鹿じゃないんだから。それともアンタ馬鹿なの?隊長任されて天狗なの?腕力馬鹿なの?この馬鹿男!」


 捲し立てる****の罵声にイカるより、言われてみれば何で俺はさっきすっ飛ぶほど頭にきたのだろうと不思議になった。
 俺は気は短くない方なんだ、多分。普段の自分を思い返す。クルーの他の女が同じような状況になってることだってよくあるが、すぐに殴りかかったりはしない。割って入って穏便に追い払うことだってできるのだ。それと同じはずなのに、何でこうなってしまうのか。変だな。


「なんでだろ。わからねえ…」

「ちっ。単細胞かよ。考えて動きなさいよ」

「……」


 言い捨てた****はバケツから降りてさっさと街中に戻ろうとする。
 ひでェ女だ。なんで助けたかな、俺。アイツはちょっとぐらい痛い目に遭ったほうがいいのかもしれない。あんなナンパを断るも振り切れず、予想だにしない野郎の力に押さえつけられて、有無を言わさず襲われでもしたら少しはしおらしくなるんじゃねえの。
 そこまで想像してムカムカしてきた。想像の中の男を半殺しにしてやりたい。
 俺がこんなに腹を立てるほどの理由の末端が転がる街に、アイツは一人で出て行こうとする。どうするんだ、本当にそんなことになったら。お前がそう簡単に負けるなんてことは無いだろうけども、万が一そんなことになったらどうするつもりなんだ。俺がいないとこでそんなことになったら、俺はたまんねえぞ。半殺しじゃ済まねえぞ。野郎を殺して、焼き尽くしたって気が済まないかもしれねえ。何でそこまで想像しないんだお前は。
 平気でずんずん遠のく背中に焦って、力任せに腕を掴んでしまった。うっかり発火しちまって、「熱ッ!」と彼女が唸る。悪い!ごめん!謝って、握ったそこを放した。ああ、もう、何してんだ俺は。本当にすまん。謝りながら、彼女が嫌がるのを無視して横抱きにして、船に向かって走り出す。
 俺は****が知らねえ男に言い寄られるのが面白くねえ。触られんのはもっと面白くねえ。我慢できねえんだ!
 テンパって、そんなことをがなりながら走ってたらあっという間に港に着いた。俺らの船に飛び乗ると、仲間達が頬を赤らめながら唖然としていた。


「エースお前…大胆なこと叫びながら帰ってくんじゃねえよ」

「本当だぜ…宿でもとりゃあ良いもんを」

「ああ?何言ってんだ。****火傷させちまったんだよ、氷…」

「あー!あー!ノロケは聞きたくありませえん!このオープンスケベ!」

「オープンすけ…?!わけわかんねェこと言ってねーで…」


 耳を塞いでギャーギャー騒ぐクルーに怒鳴りながらふと腕の中の****を見たら、今まで見たこともないような赤い面して俯いている。俺は黙って、それを凝視してしまった。やっぱ頬っぺた柔らかそうだな。真っ赤になって、何かの果物みたいで美味そうだ。いやいや、そうじゃねえだろ。


「……なんだお前、どっかおかしいんじゃねえのか」

「……こ、のっ…!」


 思う様振り切られた彼女の拳が俺の横っ面にヒットした。あれ?俺、火なのに。
 衝撃で力の緩んだ俺の腕から彼女が飛び降りる。「おかしいのはテメエの頭だ単細胞!!」吐き捨てて走り去ってくが、まあ船の中だし追う必要も無いか。
 船室に消えていく****の後ろ姿を見送った後、茫然と立ち尽くす俺をクルー達が振り返る。


「…愛の拳はきくってえからなあ」
「でも振られたな、オープンスケベ」
「オープンすぎっからそうなるんだぜ、エース」
「ドンマイだな、エース」
「こりゃ宴だな!肴になれエース!」
「一部始終聞かせろや!」

「―…つーか、追わねえのかよい」


 好き勝手言ってる連中の最後をマルコの声が飾った。あ、お前いたの。気付かなかったぜ。


「追ってどうするんだ?」

「どうするもこうするも、惚れた女怒らせたまんま放っとくつもりかい?まあお前が嫌われようが、俺ぁ知らねえけどよい」

「え……それは、困る」


 そうか、そうだったのか。俺は****に惚れてるのか。なるほどな。そうと解れば後を追おう。そうして愛の告白をしよう。
 素晴らしいなマルコ、お前はいつも俺の指針を明確にしてくれる。こんなことであのムカムカが解消されるなんて。なんて晴々した気持ちだろう!
 ダッシュで****の部屋に辿り着いて、軽快にノックする。中から「どっか行きなさいよ」と怒鳴られる。
 聞けよ****、俺、お前が好きなんだ!だから熱くなっちまうんだよ!
 ドア越しにそう叫んだら、彼女はドアごと足から俺にダイヴしてきた。こんな度を超す熱いとこも、俺にとっちゃ魅力的だ。なにせ火だから、ちょうどいいだろ?





(ちょっと元気すぎたかもしれない)

(2010年11月30日)


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