男の、こちらを喰い殺してきそうにばっくり開く口が魅力的だと思った。赤黒い唇はガサガサとひび割れていて、紅を塗っているのだか何だか判らなかったが、それがまた存在のヤバさを色付ける。墨を入れているのかもしれない。
 唇の印象と同じく乾いて硬い皮膚をした手のひらで後ろ首を掴まれ、ソファに顔を埋めるように這わされて興奮する。血管の浮いた太い腕はみたくれ通りの力強さで女の一匹ぐらい当たり前にねじ伏せるし、そこらの男でも簡単にそうしそうだった。このポーズに 獣のようなファックをされるかも と胸をざわつかせられる。期待か恐怖か、どちらだろう? どうにせよ血を見るのは勘弁願いたいので「準備させて」と尻を男の腰に擦り付ける無様を演じた。


「テメエじゃ勃たねえな」


 ハンと鼻で笑われ、失敬な言葉の証明に強く股間を押し当てられる。確かに布の向こうの肉は存在はあれど、うなだれた弾力を伝えてきた。


「……インポです? それともゲイ?」

「ざけんな、殺すぞ。テメエみてえな鶏ガラにゃ興奮しねえっつってんだ」

「ひどぉい」


 間延びした声で笑って見せた。

 雨の止まない陰鬱としたこの島に寄り付く人間は少ない。海賊ですら多くはログが溜まればすぐに出て行く。活気も無ければ金も食糧も少ない土地では船旅の補給も満足にできないのかもしれない。もしくは単に気が滅入って仕方ないといったところか。
 島民は来訪者を歓迎も拒否もせず、ただ一言挨拶に「お大事に」と力無く微笑む。病は気からとはよく言ったもので、際限なく降り続く雨がもたらすじめじめした空気に体調を崩す者は少なくない。疫病も流行りやすい。自分を含めた島民のほとんどが男曰く「鶏ガラ」なのは、まあだいたいそんな理由があるのだ。
 こんな土地に、この男達は気分を落とすでもなく、かといって決して陽気でもない様子で長居をしていた。外の人間はやって来てもすぐに出て行くばかりだったので、物珍しくてすっかり姿を覚えてしまった。有名なルーキーの一団だ、知らなかったわけではない。でも、それだけだ。それだけだったのが、特別に興味をひかれるようになった。

 そんな男もそろそろ暇を持て余してきたのだろう。だからこうしてヒトを暇潰しの道具として扱ってくる。
 哀しくも腹立たしくもない。ただ、ぞくりとして肩甲骨が緊張する。やはり期待か恐怖か判別はつかなかった。


「腕が軋む。せっかく気に入るカスタムをしたのによォ。この島のしつっこく降る雨のせいで錆びてきてんだ。なあ。どうしてくれる、お前。なあ?」


 喉奥でくぐもる笑いを転がしながら脅しつけるようなことを言ってくる。不具合を主張する金属の塊でできた左腕が、外観の武骨さに相応しい荒っぽい硬質さでドレスの上から体を撫でてくる。ベロア風に加工された安物の生地が引き攣れて、タイツもあまってしまうような貧相な足が露出させられていく。
 日々があまりに当たり前にどんよりと過ぎて行くので、まだ若者と呼ばれて差し障りない私は静かに刺激に飢えていた。生き長らえることにさほど興味は無いけれど、積極的に死にたいと願うことも無い。腹が減れば食べたくなるし、苦痛はまっとうに辛く感じるからそれなりに労働をこなして衣食住にあてる。そうした淡々とした生き方を嘆いてぶーたれたりはしないが、刺激が転がり込んでくるならそれは願ってもないことだ。「張り合いのねえ女だな。ビビりもしなけりゃ怒りもしねえ」と言われても、寂れたスナックに飲みに来た海賊に無体を強いられているなどという字面としては最低なこの状況を、ちょっぴり楽しいと思ってしまっているからどうしようもない。
 けれど、そんなことを言いながら男の口は新しいおもちゃを手に入れて何事か企む悪ガキのような歪みを浮かべながら「どうしてやろうか」なんて動くのだから、そっちだってよっぽどどうしようもない性質だろう。
 どうにでもすればいい。どうにでもしてくれてかまわない。ああ、これだけは伝えておかないと――「あんまりヒドくしないで」――機嫌を損ねて殺されでもするなら、それはまったく望むところではないので。

(2013年6月26日)


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