性格が災いし、遠い昔に暮らした町からは追い出された。身勝手だ我儘だ乱暴だと疎んじられ、戻っては追い出されることの繰り返し。悲しくは無かった。けれど少々寂しかった。やりたいことは好きにやりたい。人とも関わりたい。けれども好きなように行動すれば嫌われる。これでは人と一緒には居られない。寂しいなあ不毛だなあと、町を諦め海に流れた。海だらけなのだ、この世界は。魚でも捕って生きていこうかと考える。ああでも私は自然に溶け込む性質ではないからこの案は現実的じゃない――途方に暮れていたところ、運良く黄色い潜水艦に乗り込めることになったのだった。
 私の好き勝手な言動はこの船でも町にいたときと変わらず罵られたが、罵ってくる者もまた好き放題するような連中なので、さして気にするようなことじゃない。そこは海賊団だった。海賊船は海上を進むイメージだったけれど、この船は潜水する。人と喋れる熊が居る。海賊は海を巡るのに、キャプテンは泳げない。不便でしょうと訊ねると、代わりに変わった力が身についたから、まあいいのだと言う。変な所だ。変で、楽しい。
 旅は面白い。男だらけの中では体力差から肉体的にしんどいことも当然ついてまわったが、私は女としては身軽なほうであったので、例えば戦闘が始まったとしても、さっさと隠れることができたから命の危機を感じたことは無い。物陰から物騒な光景を眺める。時には傷を負った仲間がトドメを刺されぬようにと怖々物陰に引っ張り込んだりもしたが、もっぱら息を潜めて騒ぎが鎮まるのを待つだけだ。そうして目にすることになったキャプテンの力は確かに変わったものだった。人をバラバラにして、パーツをメチャメチャに組み替えてしまう。そんなとんでもない目に遭わされるが、相手は死んでしまうわけでもない。キャプテン曰く「ルーム内での施術ならな」とか。よく解らないし、簡易すぎる説明をした本人も解らせる気は大して無さそうだった。曖昧に、不思議で怖い力なんだなあと思う。


「もしも俺を怒らせたなら、お前もああいう目にあう可能性があるってことを覚えておけ」


 ついでとばかりニヤリと笑って脅されたが「でも死にはしないんですよね。ならまだ、怒らせても猶予があるってことですか」と訊くと、クルー全員から盛大に笑われた。何故笑われたのか、また解らない。笑うべきは命を断たず人の体をメチャクチャにしてしまう、不思議な能力の半端な非道さではないのか。私にはそちらのほうがよっぽど滑稽に思えるのだけど。
 クエスチョンマークを浮かべるこの新入りのほっぺたに、特徴的なデザインをした長剣の鍔があてがわれた。ファーが施されたそれはふわりとした感触越しに金属の硬さを伝えてくる。この男の細身からは想像しにくい戦闘時の抜刀から一振りの速さを思い出し、首の後ろがゾッと粟立つ。それに気付かぬわけもない、下瞼をどす黒くくすませた瞳は愉快げに細められた形をさらにニイっと歪ませた。その笑顔はどういう意味だろう。理解に乏しい馬鹿だから、怒らせてしまったのかしら。じゃあ私もバラバラに? 死んでしまう前に、バラバラでも生きている間に、ご機嫌取りして元に戻してもらえるかしら。彼の微笑はどうにも不穏で謎めいていて、向けられた者を物騒な考えに至らせる。
 目玉が乾くのも気にならないほどまばたきを忘れて凝視していると、あてがわれた鍔がゆっくり下方に滑らされる。それが顎の下で留まると、チンと音を鳴らして少しばかり顔を上向きにされる。聞き慣れた刀身を抜く音だ、と頭よりずっと先に耳と体が理解して、反射的にきつく目を閉じた。どこをどう斬るつもりだろうだとか、痛いのかとか、痛むにしても一瞬で終わりますようにだとか、頭の中が恐怖と焦りと懇願めいたものとでぐるぐるする。わずかに喉を晒すようにされたから、首を落とされるのかもしれない。
 そこまで想像したら食いしばった奥歯の隙間から「ひいい」と情けない声が漏れた。するとフッと顔に生温い風がかかり、頬に柔らかなものが押し付けられる。周囲が音を失う。私の感覚の話でなく、実際に皆が黙ったらしい。ゆっくりと正体不明の柔らかなものと硬い凶器が顔から離れたので怖々目を開けてみると、クルー達が呆けたような表情でこちらを見ていた。


「キャプテン、なにしてるの」熊のベポの声。

「キスだ」これは訊かれた男の返答である。

「んぇ?」そして私はまた間抜けな声を出した。


 続けてベポが何故かと問うと「したかったからな」と男は片眉を上げてみせた。キスなんてしてきたわりにこちらに興味など無いといった様子で、視線も寄越さず背中を向けられる。


「さあお前等、何をぼさっとしてる。航路に問題はないだろうな」


 そして急に“キャプテン”らしい台詞が吐かれ、時間が止まったようになっていた空間は元に戻されたのだった。
 気が抜けたせいか体中から汗が噴き出す。緊張のしすぎで目と共に毛穴までも閉じてしまっていたらしい。だから男を呼び止めて、キスしたくなったのは何故なんですか、と訊く余裕など、まだ湧くわけもない。

(2012年7月28日)


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