ヒトカベ 01 高校生の通学時刻というのは、社会人の通勤時刻と見事に合致してしまうものらしい。 相変わらずの満員電車で、なんとかドア横の隅をキープした夕樹は、角に向けて息を吐いた。 進行方向左側のドア。この場所を取れさえすれば、目的の駅まで左のドアは開かない。人の波からは外れていられる。 重たい鞄は邪魔なので、手放して足の甲の上だ。この込み具合なら取られる心配もない。 電車がカーブにさしかかり、人が傾き体重を預けてくる。 咄嗟に壁に手をつき、夕樹は耐えた。手をつくと言っても伸ばしてつくほどのスペースはない。肘から手首までで体重を支える形になる。 足許の鞄を見下ろし、夕樹は慣れ始めた混雑を脳裏から追い出し、今日のカリキュラムに考えを巡らせた。 (青木の数学の後、化学実験じゃねーか…今日は延長ナシにしてくれよなぁ…) ガタンとまた揺れる車内。無表情で無関心な人の壁。波。 ところが。 ピク、と信じがたい感覚に夕樹の背が強張る。 (…手、が…) 尻に当たっている。 しかし偶然だろうと気を取り直し、少し腰を逃がして夕樹は手から距離を取った。 ガタン。 「っ――!」 手がまた尻に触れる。そして、動いた。撫でるように、まさぐるように。 (嘘、痴漢?! ゴメンナサイ俺男です!) 焦ったものの、ただ触れるだけなら当たっているだけだと居直れば良い。夕樹は勘違いした痴漢に哀れみを感じ、放置することにした。 「…ッ!」 だが、手の動きが変わり、夕樹も無視していられなくなる。 触るだけでなく、揉み始めたのだ。それも、鷲掴みで大胆に。 (ちょ、まっ、調子乗り過ぎだよおっさん) こりゃ女の子じゃ恐くなるわなぁと納得して、夕樹は止めようとした。 何も「キャー痴漢よー!」なんて叫ぶつもりはない。ただ手を掴んで、暗黙の内にコトを収めるつもりだった。 けれど。 [*前] | [次#] 『雑多状況』目次へ / 品書へ |