壊すくらいに愛してる

01



「おはよう、お義父さん」
「おはよう、青生くん」

 ダイニングでトーストを齧っていたら、さらさらの黒髪の少年がすれ違い様に微笑む。将の癖のある髪とは違う、花奈と同じストレート。
 その花奈がマグカップを将の前に置きつつ彼に言う。

「青生、言ってた通りお母さん今日出張で帰らないから。お義父さんとふたりでご飯食べておいてね。用意はしてあるから」
「うん、分かった。お義父さんは遅いの?」
「いや、なるべく早く帰るよ。会社を出たら連絡する」

 いつもはそんな事はしないが、花奈が居ない時だけは続けている習慣だ。
 しっかりしていて優等生な彼だし、出会ってからの3年間でぐっと背も伸びたが、まだ中学3年生になったばかりの子供だ。思春期の今、丁寧な関わりがいる…ハズだ。

「分かった。でもそんな急がなくてもいいからね」

 にこりと笑う青生には義父の欲目ながら本当に欠点という欠点が見当たらない。友達も多いらしいし、高校は既に推薦をもらえそうだとも聞いている。

「じゃあ、行ってきます。…行ってらっしゃい、ふたりとも」

 爽やかな笑顔で家を出る青生の白い半袖シャツの背中を、夫婦ふたりで見送った。



   §



 予定通り仕事を終え、青生にも連絡を終えて電車を待つ。
 郊外から都心へ向かう40分近い鈍行。乗車すれば将の降りる駅までは乗客はひたすらに詰め込まれていくばかり。

 2、3度誰と間違ったか尻をまさぐられる痴漢らしきものにも遭った事があるので、当然将としては心地良い時間ではない。鞄と吊革や手すりを持つと両手は塞がるので、イヤホンで音楽を聴いてやり過ごす。

 今日の場所は、車椅子用の座席のないスペースの1番端。まだ景色が見られるし、目の前に人も居ないのである程度気を使わずに居られる場所だ。
 そう思っていられたのは、ほんの僅かだった。


 …さわッ…


「ッ!」
(ま、また…?)

 掌で双丘をまさぐる動き。明らかに触る事を目的とした接触。…痴漢行為。

 恐る恐る振り返ると、真後ろには将の肩程までしか背丈のない男がいた。キャップを深く被り深い緑のウインドブレーカーを着込んでいて、人相などは分からない。

 ♪ ♪♪ ♪ ♪
 イヤホンから流れ続ける音楽によって、外の音はほとんど聞こえない。


 さわ…さわ…さわ…

「ッ…」
(…きもちわるい…)


 痴漢は一向に飽きる様子もなく将の尻を撫で回し続ける。以前までの痴漢はこんなに堂々と長々と触って来なかった。

 とは言えど、男が尻を撫でられたくらいで痴漢に遭ったと大騒ぎするのも気が引ける。我慢すれば。数十分、耐えれば…。

 ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪♪
 音楽に集中してなんとか意識を逃そうとする。


 もみっ…

「ひッ…!?」


 突然痴漢の手が股間を揉んで、全身が跳ね上がった。慌てて周囲を確認するが、周囲の人間もほとんどがイヤホンをしていて、将の事を気にしている者はいなかった。

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