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「チケット余ってるんだけど、もし観るものが決まってなかったら一緒に観ない?」

 そういきなり声を掛けられたのは、地元の小さな映画館。


「…え」

 どう反応したものかと戸惑う観月に、声を掛けてきた初対面の、おそらく同年代の男は困ったような顔で笑った。
 所謂イケメン。なんとなく相手の顔を見て、それから男の手にあるチケットに視線を遣る。

 映画に来て、チケットが余るなんてことがあるだろうか。
 観月の疑問を感じたのだろう、より困ったように眉を寄せて、男が補足した。

「実は、約束してた彼女にフられたところで」
「…そう」

 なんと返したものか判らず、ただ観月はそれだけを返す。

 観月自身は大学の帰り、学割デーによくひとりで足を運んでいる洋画好きだ。この映画館はあまりひと気もなく、そうしたカップルを見掛けることも少ないから気に入っている。

「それとも観たい映画、他にあったかな?」

 他に、というほど上映数も多くはない。それに自分で選ばない映画というのも、案外面白いかもしれない。観月はふるりと首を振って、それからひとつ頷いた。

「…付き合おう」
「ありがとう、この子が浮かばれるよ」

 チケットを振って見せて、イケメンがやっと嬉しそうに笑った。



 先に座っててと渡されたチケットを持って、席を探す。
 番号を見たときからもしやと思ってはいたが、予約された席はいちばん後ろ。しかも周囲は空席だらけ──埋まっている席を数えた方が早いくらいの客入りだというのに。

「…デートにこんな席取ってちゃ、フられもするな」
「なるほど。次から参考にするよ」
「!」

 思わずぽつり呟いた独り言に返事があって、観月は肩を跳ね上げた。
 振り返れば両手に飲み物のカップを持ったイケメンが、特に気分を害した様子もなく微笑を湛えている。

「紅茶とコーラ、どっちが良い?」
「…紅茶」

 観月ばかりが気まずいまま、スクリーン正面、最後列の席に並んで座る。やはりスクリーンは少し遠い。

「はいどうぞ。えっと、炭酸は苦手?」
「…嫌いじゃないけど」
「紅茶のが好き? そっか。ね、いつもたくさん観てるの?」

 初対面とは思えないフレンドリーさでイケメンは話しかけてくる。

「…払う。チケット代も」

 財布を出そうとした観月の手は、すぐに押し留められた。

「いいんだよ。僕がやりたくてやってるわけだし。ね、代わりに名前教えてよ。呼びにくい」

 …変な奴。
 そうは思いながらも、一期一会だと答えればイケメンは千紘と名乗った。

 少しして照明が落ちて、観月は黙ってストローを咥えた。

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