囚 01 「チケット余ってるんだけど、もし観るものが決まってなかったら一緒に観ない?」 そういきなり声を掛けられたのは、地元の小さな映画館。 「…え」 どう反応したものかと戸惑う観月に、声を掛けてきた初対面の、おそらく同年代の男は困ったような顔で笑った。 所謂イケメン。なんとなく相手の顔を見て、それから男の手にあるチケットに視線を遣る。 映画に来て、チケットが余るなんてことがあるだろうか。 観月の疑問を感じたのだろう、より困ったように眉を寄せて、男が補足した。 「実は、約束してた彼女にフられたところで」 「…そう」 なんと返したものか判らず、ただ観月はそれだけを返す。 観月自身は大学の帰り、学割デーによくひとりで足を運んでいる洋画好きだ。この映画館はあまりひと気もなく、そうしたカップルを見掛けることも少ないから気に入っている。 「それとも観たい映画、他にあったかな?」 他に、というほど上映数も多くはない。それに自分で選ばない映画というのも、案外面白いかもしれない。観月はふるりと首を振って、それからひとつ頷いた。 「…付き合おう」 「ありがとう、この子が浮かばれるよ」 チケットを振って見せて、イケメンがやっと嬉しそうに笑った。 先に座っててと渡されたチケットを持って、席を探す。 番号を見たときからもしやと思ってはいたが、予約された席はいちばん後ろ。しかも周囲は空席だらけ──埋まっている席を数えた方が早いくらいの客入りだというのに。 「…デートにこんな席取ってちゃ、フられもするな」 「なるほど。次から参考にするよ」 「!」 思わずぽつり呟いた独り言に返事があって、観月は肩を跳ね上げた。 振り返れば両手に飲み物のカップを持ったイケメンが、特に気分を害した様子もなく微笑を湛えている。 「紅茶とコーラ、どっちが良い?」 「…紅茶」 観月ばかりが気まずいまま、スクリーン正面、最後列の席に並んで座る。やはりスクリーンは少し遠い。 「はいどうぞ。えっと、炭酸は苦手?」 「…嫌いじゃないけど」 「紅茶のが好き? そっか。ね、いつもたくさん観てるの?」 初対面とは思えないフレンドリーさでイケメンは話しかけてくる。 「…払う。チケット代も」 財布を出そうとした観月の手は、すぐに押し留められた。 「いいんだよ。僕がやりたくてやってるわけだし。ね、代わりに名前教えてよ。呼びにくい」 …変な奴。 そうは思いながらも、一期一会だと答えればイケメンは千紘と名乗った。 少しして照明が落ちて、観月は黙ってストローを咥えた。 [*前] | [次#] 『雑多状況』目次へ / 品書へ |