四人掛けの席の、彼女の隣は空いている。今日も、という話。 (いつかあの席に誰か座るのかな) その問いは、いまのところ俎上に載せられることはなくて、話題にも上がらない。 いまのところは、という話。 ○ 「あっ、学食、新メニュー増えてる!」 「へえ、どんなの」 「“冷麺バーガー"。どうしようかな……」 「“冷麺バーガー”か……なるほどね?」 「いや、“なるほど”じゃないよ。何でおまえら満更でもなさそうなんだよ」 「どうして?」 「何で?」 「いや、だから……」 言葉を濁してため息をつくのは、佐伯くんだ。 彼と僕のあいだで真剣な顔をしてメニューと睨めっこしているのは海野さんで、今のところはまだ睨めっこの勝負はつきそうにない。 「どんな味なのかなあ……」 「やめとけって」 「何事も挑戦だよ!」 「あのな、世の中にはしなくたっていい挑戦だってあるんだからな?ちなみに、目の前のこれがそうだ。まさにそうだ」 「軟弱なことを言うんじゃない!」 「何ッ!?」 「…………」 「一見無駄に見える挑戦だって、実際挑戦してみないと分からないでしょ?」 「……ああ、目が覚めたぜ。俺がバカだった……」 「佐伯くん……」 「…………」 「俺も挑戦するよ、冷麺バーガーってヤツに、な……!」 「うん、わたしも挑戦するね!赤城くんは?」 「うんまあ、僕も同じく。新しいものは抑えておきたいよね、一応」 「すいませーん、冷麺バーガー三つお願いしまーす」 そういう訳で、僕ら四人掛けの席に座って冷麺バーガーを相手に苦戦を強いられている。あのあと我に返ったらしい佐伯くんは頭を抱えている。 「……バカだった」 「うーん、バンズに冷麺は挟まない方がいいかも……」 「そうだね。すごいな、汁気がないから全然噛みきれない」 「そんなの、分かり切ってたことだろ……」 「じゃあ止めてよぉ」 「止めただろ!やめとけって再三止めただろ!?」 「三回も止められてないもーん」 「……分かった、次からはおまえの口車にはゼッタイのせられないからな」 「人聞き悪いよー佐伯くーん」 海野さんと佐伯くんは同じ高校出身で、見て分かる通り、まあ、仲が良い。いわゆる親友同士、なのだと思う。けれど"親友"、この単語を口にするとき、佐伯くんは苦虫を噛み潰したような顔をする。理由は分からなくもない。 僕は二人とは違う高校だったけど、偶然、二人のことを知っていた。 ただしこうして三人で顔を合わせたのは大学に入ってからのことで、キャンパス構内で、互いに知り合いだったことを知ったのときは、それなりに驚いた。偶然ってあるものだね、なんて、またそんな、埒も無いことを考えてしまったり。 佐伯くんとは一度、偶然彼のバイト先で雨宿りをしたことがあって、顔を知っていた。 あの頃の彼はバイト先と学校、それから、素の顔、というのかな、そういうのを使い分けていたようだったけど、海野さんの前では、そういう使い分けをしていないらしい。これも、僕の預かり知らない理由があるのだろうと思う。 海野さんとは……まだ高校生だった頃に雨の軒先で知り合った。 その後も偶然に偶然が重なって、何度か会う機会があったけど、それきりだった。それきりだと思って割り切ったつもりだったけど、まさか、大学に入って、こうして出会い直すことになるなんて思わなかった。彼女との出会いが、ただの偶然か、それとも、他の何なのか、未だに結論がつない。まあ、簡単には結論がつく話ではないのだろうと思う。自分一人の話ではないのだから。 僕ら三人は、それぞれの学部こそ違うけれど、同大学の一回生で、知り合い同士だったということもあって、こうして学食で一緒に食事をする機会も多い。 → |