銀座


大江戸線銀座駅の改札を抜ければ、ごった返す人、人、人。土曜の夜は流石に人が多い…。流れる往来に少し辟易しながら、人の間を縫うように歩く。
杏寿郎との待ち合わせ場所は…えっとどこの出口だ…?地図地図!
銀座なんて足繁く通わないから土地勘なんてない。急ぎ足で歩く人々の邪魔にならないよう、端に避けてスマホを開いた。
待ち合わせの20分前。うん、上出来。
お手洗いに行って、メイクと髪の毛整えてから行こう。
待ち合わせ場所に近い出口を確認して、ついでにお手洗いの場所も発見して、ようやく狭い鏡の前に立てばうっすらと額に汗をかいていた。
うへぇ…せっかく気合い入れてメイクしたのに。あーもうファンデよれてる。
鏡と睨めっこしながら微調整。こういう時って、謎に隣の人の顔見ちゃうよね。私だけ?
隣の人はすっごい美人だ。ぷるんと塗り重ねるグロスはデパコスだし、バックは超有名なハイブランド。高そうな香水の匂いが優雅に香ってきやがる。
なんかさ、これから好きな人と会う時に美人を見ちゃうと、なんとなーく心折れるよね…自分くらいの顔面偏差値だと特になんも思わないけど。あー私だけかねこれは…性格悪いって?はいはい、どうとでも言ってくれ。
ちらりと腕時計を見ればもうそろそろ待ち合わせ時間の10分前で、急いでお手洗いを出た。
相変わらずひしめく人たちに揉まれながら、さっきの美人を思い出して、香水もう少しつけようかな、なんて思うけど。
いっか!杏寿郎はいつも通り格式高そうなお店行く予定だろうし、そんなとこで香水の匂いしたらマナー違反だよね。
うんうん、と自分を納得させて、ようやく着いた出口の階段を登る。流れてくる冷たい風が、外の寒さを物語っていた。





「寒…」

秋も終わって冬最中。目を奪われるイルミネーションの通りに杏寿郎の姿を探した。
時間はちょうど10分前だ。流石にまだきてないかな。
そう思って、通りの端に足を止めた、その時。 

「なまえ!」

快活な声が私を呼んだ。
人並みを抜けた杏寿郎が軽く腕を上げて歩いてくる。
通り過ぎる人(主に女性)たちの視線を浴びる杏寿郎は、目で追ってしまうのも納得なほどイケメンである。チャコールグレーのチェスターコートが、服の上からでも分かる筋肉質な長身を包んでいて、派手だけど決して下品ではない金髪に目鼻立ちの際立つ精悍な顔。イケメンっていうか美丈夫?美青年?褒め言葉が溢れ出てきて止まんないわ。

「おまたせ!もしかして、もう着いてた?」

少し赤くなっている杏寿郎の鼻先が目に付いて尋ねれば、うむ!!と大きな声で返事が返ってきた。
メイク直しなんてしないで早く来ればよかったなぁ、なんて少ししょんぼりすれば、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、杏寿郎はにっこりと微笑んだ。

「なまえと会うのが朝から楽しみすぎてな!
ようやく出発の時間だと思って家を出たのだが、それでも20分前には着いてしまったんだ!!」

ははっと笑う凛々しい口元から、白い息が漏れる。

「もう少し早く来ればよかった。寒い中待たせてごめんね?」

「気にしないでくれ!待っている時間も中々楽しいものだ。」

ああもうイケメンっていう成分があったら100倍凝縮しているのが杏寿郎という男である。

「果汁かよ……」

ぽつりと零した言葉に小さくハテナを浮かべるけれど、すぐに微笑みを浮かべて「では行こうか」と小さく腕を空ける杏寿郎。隙間に腕を滑り込ませれば、人の往来の中を私の歩幅に合わせて歩いてくれる。彼の長い足ならもっと歩くの早いんだろうけど。

「なまえ、何が食べたい?」

「うーん…」

なんでもいい、は禁句。今までに何度かその言葉を言って、杏寿郎の少し困った顔を見てきた。まあそんな表情でさえかっこいいんだけどね。
肉か魚で言ったら今日の気分は魚。 

「海鮮系、かなぁ」

あわよくばお鮨といいたいけど、海鮮という希望は伝えたし、その先は杏寿郎の食べたい物が1番いいかな。
というか銀座で海鮮なんて、値が張るお店しかないだろうから杏寿郎のお財布がGOサインを出すお店を選んで欲しい。
そう思って彼を見上げれば、ふむ、と一瞬黙ったあとに「よし、鮨にしよう!」とのこと。

「うん!」

思わず元気よく返事をしてしまう。
そんな私を見て、杏寿郎は満足そうに笑ったのだった。





木造りのシンプルな、けれど木目の繊細な引戸を杏寿郎が開けば、控えめな照明の空間に、大きな一枚板のカウンターが目に入った。
その奥に佇む大将さんが、杏寿郎を見てにこり、と笑う。
杏寿朗の手に背中を押され、空気さえ吸い込むのを躊躇ってしまいそうなほど高級感の漂う店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃい。」

「急に訪ねてしまい、すまない!」

微笑み合いながら、軽く会話をする杏寿郎たち。
つい先程、お鮨にしようと決まった時に杏寿郎がこのお店に電話をかけていた様子を思い出した。
「今から向かいたいのだが、席はあるだろうか。」と電話越しに尋ねれば、すぐに「ありがとう!」とお礼を言い、私をこのお店まで連れてきてくれた。
こじんまりとした店内には椅子が数席あるのみで、既に先客が2人もいる。
絶対予約必須のお店でしょ、、と内心どきどきするも、大将さんの優しい笑顔に促されて杏寿郎が引いてくれた椅子に座った。
杏寿郎に倣って腕時計を外しカウンターに置く。 
視線を上げれば大将さんが早速布巾で手を拭いていた。ちらりとあたりを見回してもお品書きらしいものはない。
もし私1人で来ていようものなら、「お品書きもらえますか?」なんて、高級店のしきたりのしの字も知らずにアホ面下げて聞いてしまいそうである。
危ない、杏寿郎がいてくれてよかった。
というか、こんなお店の顔馴染みだなんて杏寿郎は一体何者なんだ。連れてってくれるお店もいつだって格式高そうな所ばかりだし。ただの高校教諭じゃあるまい。
そういえば杏寿郎の実家ってめちゃくちゃ大きい日本屋敷だったような、、
そうこう考えているうちに、コトン、と目の前に突き出しが出された。 
暖かい照明の光を照り返し、「私を食す資格、貴女にあって??」と語りかけてきているようだ。
それでも美味しそうに輝く盛り付けに、思わずお箸を手に取った。

「いただきます。」

口に入れた瞬間から高級な味がした。
香りが、とか、舌触りが、とか語れるような語彙力は持ち合わせていない。
ただただ高級な味である。だけど美味しい。
舌の全神経を使って堪能する私を、微笑んで見つめてくる杏寿郎。
先程会話がてらに頼んだのだろう、日本酒をちびりと舐めながら私の姿を肴にしているようだ。

「おいしい。」

連れてきてくれてありがとう、の意味を込めてそう言えば、杏寿朗はにっこりと満面の笑みを浮かべた。



一貫ずつ出されるお鮨を全力で味わって、普段より静かな杏寿郎とゆっくり会話をする。
いつもの元気いっぱいな杏寿郎も好きだけど、日本酒を片手に緩やかな所作で私を見つめる杏寿郎も大人の色気が半端じゃない。軽率に惚れる。
そうこうして料理を楽しんでいれば、「次、椀ものになりますが。」と大将さんが聞いてきた。
まだ食べるか?と目で聞いてくる杏寿郎にかぶりを振る。
もうそろそろ終わりかと思うと寂しいけれど、今日のお料理の思い出だけで3ヶ月は幸せな気持ちで過ごせそうだ。
名残り惜しくも出された小ぶりの椀蓋を外せば、ふわりと良い匂いが鼻を掠めた。





「あー美味しかったぁ……!」

満たされたお腹をこなすように伸びをする。
お店の中とは別世界のように冷たい風が吹きすぎるも、そんなの苦にならないくらい幸せな気持ちでいっぱい。
少しずれたマフラーを杏寿郎が治してくれる。
ありがと、と言って見上げると優しく微笑んだ杏寿郎と目が合った。

「うむ!美味かったな!
一度、なまえを連れて行きたかったんだ!!」

子金持ち親父が言えば唾を吐きかけられそうなセリフも、杏寿郎にかかれば胸キュン必至の名ゼリフである。

「うん!すごく良いお店だったね。
連れてきてくれて本当にありがとう。」

「また行こうな!
ところで今日は珍しく飲んでないな?
二軒目、と言いたいが…時間は大丈夫だろうか。」

腕時計を見れば、21時半。
終電は余裕のよっちゃんで、美味しいお鮨を満喫した体は貪欲にもアルコールを欲していた。

「よゆーよゆー。」

にやりと笑った私につられ、杏寿郎も口の端をあげる。

「学生の頃は、よくまあこんな時間から飲んでいたな!」

「そうそう!夜はこれからだー!ってよく言ってたよねぇ」

「酔っ払ったなまえを始発で送り届けるのも俺の役目だったな!」

「杏寿郎がいなかったら今頃私死んでたと思う。」

「よもや!凍死か!!」

心当たりがありすぎる!と笑う杏寿郎につられて私も笑った。
この杏寿郎という男は学生の時分からどこか周りとは違う雰囲気を放っていたが、社会人になってからは更に磨きがかった気がする。
ああでも、仕事帰りの杏寿郎は近づき難さなんて微塵もない好青年だったなぁ。やっぱり学生に囲まれて仕事をしているからかな。
そんな杏寿郎に憧れる生徒も同僚も多いだろう。でも、そんな職場とは少し違った杏寿郎を堪能できることに甘い優越感を感じてしまうのだ。

「鮨の後なら日本酒か…なまえはワインが好きだったな!どっちがいい?」

「んーー……ワイン…」

和を堪能した舌でワインなんて、って言われそうだけど、好きなものは好き。飲めるなら飲む。
小さな声で希望を伝えれば、よし!と杏寿郎が頷いた。

「少し歩くがいいか?」

「もちろん!ていうか杏寿郎はワインでいいの?
美味しいお鮨食べた後なのに。」

「よもや!気にすることはないだろう。それに…」

「美味いものは美味い!だよね?」

「うむ!!」

2人で笑い合ううちに目的に着いたらしい。
大きなガラス張りのドアを杏寿郎が開ければ、眩しいほどのシャンデリアが輝くエントランス。
豪奢なフロントには超がつくほど高名なホテルのロゴが高々と掲げられている。

「……杏寿郎。」

「む?なんだ??」

圧倒的なラグジュアリーな雰囲気に眩暈を感じながら杏寿郎を見上げた。
まったくこの男は!加減ってものを知らん!!

「あのね!さっきも高級そうなお店だったのにまた!?今日で何万飛ばす気!?!?
怖い!杏寿郎のほの暗いバックグラウンドが見えそうで怖い!!」

囁きながら全力で訴えるも杏寿郎は頭にハテナを浮かべている。
逃げようにも腰をガッチリホールドされていて退路は絶たれている。
完璧なエスコートを無碍にしないよう笑顔を張り付けつつ声を上げるものの、抵抗虚しく重厚なエレベーターに誘われて行く。
チン!とドアが閉まって、なんという顔もせず最上階のボタンを押す杏寿郎。
グゥン、と体に重力がかかった。

「……ホテルのバーですか。
これ、お持ち帰りする男の常套手段ですよ。」

ジトリとした目を向ければ、ふっと吹き出される。
にや、と口角を上げていたずらっぽく細められた視線が向けられた。

「部屋の予約も取らねばな?」

「はいはい。」

そんな真似、絶対杏寿郎がするわけないだろうけど。ため息をつけば、腰に回された手が静かに私のボディラインをなぞった。
え?…しないよね……??
まさかね……??????
今日に限らず今までご馳走してもらった額を考えれば、私の体なんて安いものだろうけども!
最上階を目指すエレベーターはどんどん加速していく。
ガラス張りの向こうには煌めく東京の街。
灯りのひとつひとつが、我こそがこの一等地に相応しい、と誇り高く輝いている。
この灯りが消える頃、果たして私は無事なのだろうか。
ざわつく胸に静かに息を吸い込めば、杏寿郎から控えめな香水が香った。


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