鬼の腕のなか



私は物心つく前から、無限城に住んでいる。
私の血は大層貴重らしく、なんでも鬼にとって大敵の太陽を克服するために役立つらしい。
私をここへ攫った無惨様いわく、「珍しい血の男と女に私の血を与えたが死んだのでお前を連れてきた」らしいが、おそらくその男女が私の両親だったのだろう。だが上述した通り、物心つく頃にはここにいたので、哀れにも殺された彼らには何の情も沸かなかった。

歪な城でずっとひとりぼっち。
よくて3日に一度血を採取しに訪れる無惨様を慕うには、十分すぎる環境だった。
無惨様はどれほど望む結果が出なくても私を殺さなかった。時には怒りの吐口にされても、彼の瞳に浮かぶ、死への恐怖と焦りを見つめれば、彼が怖いなどとは思えなかった。
だから、私は無惨様を慕う心のままに、持てる愛情全てを彼に与えたのだった。無惨様は顔色ひとつ変えることも僅かな愛情すら返してくれることもなかったけれど、製薬に大量の血が必要だと、おそらく死ぬであろう今日の日に「抱きしめてもいいですか」と聞けば、構わぬと短く承諾してくれたのだった。
なぜこんな馬鹿げたお願いを聞いてくれたのかはわからない。
無惨様なら、私の言葉など無視して血を奪うこともできたはず。
だけどそうしなかったのは、私の愛が成したものだと思いたかった。真実はわからないけれど。だって無惨様は、私と同じ、ずっとひとりぼっちなんだもの。誰も隣に立たせず、たった1人孤独に鬼達を見下ろして。
そんなの寂しすぎるじゃない。私にとって無惨様が救いであったように、彼にとってもそうであったらいい。
静かに彼の背に腕を回した。
彼は身じろぎひとつもせず、私の抱擁が終わるのを待っている。
胸に耳を押し付ければとくんとくんと心臓の音がした。

本当は、あなたが弱いってことに気付いてる。
無惨様はとっても強いから、強がる必要も無いけれど、あなたの冷酷さはきっと何かの裏返しなのだろうと、そう思ってしまうの。冷たくて冷たくて、私だったらきっと凍えてしまうわ。ひとりぼっちじゃ。
「無惨様の、凍える心をあたためて差し上げたかった。」
もう死ぬのだから、とずっと伝えたかった言葉を絞り出していく。
「世界で、きっと誰もあなたには敵わない。だから、ひとりぼっちにならないで。誰かを傷つける力なんて無くても、誰も無惨様を殺せやしないんだから」
こんなこと、他の鬼が言ったら一瞬で首を切り落とされているだろう。もうすぐ殺すのも同じことと、思っているのだろうか。
ねえ神様。どうか私の願いを叶えて。
無惨様はいっぱい人を殺したけれど、私はこの人の幸せを願わずにはいられないの。
「無惨様を慕う鬼はいっぱいいるわ。ねえ、ひとりは辛いってこと、無惨様はひとりぼっちじゃないってこと、いつか気付いてね」
誰かを拒むための鎧なんて、そんなの重たいだけ。
本当はもっと生きて、あなたと生きて、笑っちゃうくらい沢山抱きしめてあげたかった。私が人間で、無惨様が鬼であっても、それくらいは許されでしょう?
「無惨様、私が夜から連れ出してあげる。太陽の下へ連れてってあげますから」
薬、絶対成功させてくださいね、と言えば、無惨様の両手が私の背に回った。
着物の上から突き立てられた爪が、皮膚に刺さる。熱くて痛くて、命がそこから漏れ出していく感覚がした。
それでも、いまこの瞬間はまるで無惨様と抱き合っているみたいでとても嬉しかった。幸せだった。
顔を上げれば、無惨様の赤い瞳と目が合う。
綺麗だわ、とっても。
血が大量に失われたせいか、視界がぶれ始める。耳もよく聞こえなくなって、しがみつくように無惨様を抱く腕に力を込めた。
あぁ、無惨様。
お慕いしておりました。
さようなら。
さようなら。


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