だから足掻いて、貴方も足掻いて。



雷ちゃんの爪に、マニキュアを塗っているときだった。ふと、自分とは違うカタチの手に気づいた。おそらく私より念入りにお手入れをしているであろう彼の手も、女の私の手と並んでしまうとやっぱり角ばって見える。
しっとりすべすべ。鼻歌を歌いながらハンドクリームを塗る雷ちゃんの姿が、脳裏に浮かんだ。でも雷ちゃんは、オトコノコなんだ…。オトコノコ、おとこのこ、オトコの娘?…いや、男の子。
雷ちゃんは、男の子。なんだそうです。
当たり前で、でも私にとっては当たり前じゃないことに、胸がどきっする。
雷ちゃんのこと、大好きだけど、最近どうも違和感が胸を占めていた。
「………なまえ?ぼーっとしてどうしたのよ??」
「あっごめん。なんでもないよ!」
目を瞬かせると、雷ちゃんの爪の形に二つの緑が見えた。あと三つも紅く塗らないと。でもなんだか集中できない。むずむずする。なんとなく雷ちゃんを見ると、目が合ってしまった。
「っ…」
また胸がどきどきする。
おかしいなぁ…
「……はい、終わった!」
「ありがと!なまえは器用ね!すごく綺麗だわ!!」
「ふふふ」
雷ちゃんの笑顔は可愛い。何よ照れちゃってーと愛おしげに頭を撫でてくれた。またどきどきする。
「ねぇ雷ちゃんってさ」
「なぁにー?」
うっとりと爪を見つめていた雷ちゃんが、今度は私を見つめた。ふさふさの睫毛に縁取られた、艶やかな瞳。
「いつも可愛いけど、かっこいい服とか着ないの?」
何気なく聞いたつもりだった。
でも、雷ちゃんは一瞬怖いくらい無表情になり、それから泣きそうな顔をして、すぐに可笑しそうに笑った。どれが本当の気持ちかわからなかった。
「なによーなまえったら!私がかっこいい服なんて似合うと思ったのー??」
今度は私が塗ったげる、と雷ちゃんは私の手を取った。
マニキュアの蓋をくるくると可愛く開ける雷ちゃん。つんとする匂いが強さを増して、私は少し顔を顰めた。雷ちゃんの表情はぴくりとも変わらなかった。
「……思わない、かな」
私の答えを、彼は聞いていたのかいないのか。返事はなかった。
「でーきた!」
ふふんっと雷ちゃんは満足そうに笑う。私の爪は群青色に染まっている。雷ちゃんにしては、暗い色だなぁ。
部屋の明かりにかざせば、てらてらと光る。
「ありがとう!雷ちゃんも上手いよね、塗るの」
「そりゃぁ、何回も塗ってますからね!」
と得意げに胸を張った。
雷ちゃんは可愛い。でも胸が平べったいからオトコノコ。変な感じ。また違和感。
「あら、もうお外が暗くなってるわ。危ないから早く帰りなさいな」
「あっ…うん」
先に立ち上がった雷ちゃんが手を差し伸べてくれる。その手を取りながら、口を開いた。
「ねぇ、雷ちゃん」
ねぇ、雷ちゃん。
「ぎゅってしてもいい?」
君は男の子なんだよ。
「急にどうしたのよー?」
雷ちゃんは困ったように笑いながら、でもまんざらでもなさそうに腕を広げた。真正面から見たら、同じくらいだと思ってた身長も、雷ちゃんのほうが幾らか少し大きかった。
静かに腕を回す。
雷ちゃんの身体は硬かった。目を閉じればいつもの甘い匂いはしたけれど、その奥に微かに汗の匂いがした。どきどきした。
「雷ちゃんはさ」
男の子なんだよ。
「可愛いし、お化粧も上手だし」
男の子なんだよ。
「料理もお裁縫もできるね」
男の子なんだよ。
「雷ちゃんは」
男の子なんだよ。
「 オトコノコなのに」
雷ちゃんの身体が強張った。
その瞬間、ばんっと私の身体は床に打ち付けられた。視界には、天井と、私を見下ろす雷ちゃん。雷ちゃんに突き飛ばされたのだと気づいた。
彼は無表情で冷たい。
「なまえの髪は綺麗でいいわね。羨ましいわ」
「声も小鳥みたい。わたし、最近高い声出しづらくなってきちゃった」
「身体も柔らかいのにスラってしてて」
「どこもかしこも綺麗ね」
雷ちゃんは無表情のまま手を伸ばした。
首に両手が添えられる。
少しずつ、力が入っていく。

霞がかかる頭の中で、これが正解なんだと思った。
最近感じていた違和感。手の届かない雷ちゃんの気持ち。がっちりと錠がかかった、絶対に触っちゃいけない君の本心。
女の子でいたい君を裏切って、首を絞められて、やっと近づけた。
このまま死ぬのだろうか。それもいい、だっていま手を伸ばせば、傷ついた雷ちゃんの頬に触れるもの。
君の不正解の、わたしの正解。

「あなたが羨ましいわ」
(雷ちゃんはオトコノコだよ)

「私じゃ絶対持てないものを持って」
(わたしなんかより)

「ずるいわ」
(ずっと…女の子っぽいけど…)

「あなたの全てが憎いの、壊したいの」
「き…みは、オト…コノコ…な…ん………だ…よ」

苦しい。顔が熱い。視界が霞んで、耳もよく聞こえなくなってきた。
意識が遠のく。
ぽたっ
ほっぺたに何かが落ちた。
ぽたたっ
次から次へと落ちてくる。
手が離れた。冷たい空気が勢いよく気管を通り抜ける。貪るように息を吸った。そのたびにヒュっと音が鳴った。雷ちゃんは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
乾いた喉に咳き込みながら、彼を抱きしめる。

「好きよ、なまえ。でもだめなの。」
「わたしも好きだよ。」

「あなたが大切なのに、傷つけたいの」
「女の子でも男の子でも」

「なまえの女の子なところを見ると、嫉妬で狂いそうになるわ」
「でもね、雷ちゃん。」

「でも、女の子のなまえが愛おしくてたまらないのよ」
「雷ちゃんは男の子なんだよ」

彼の涙で濡れた頬に手を添える。
私の手を、彼が包んだ。
紅と群青が雷ちゃんの顔で入り乱れる。
「なまえ、愛しちゃってごめんね」
紅と群青。
雷ちゃんとわたし。
二つの色は、決して混ざらない気がした。



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