?ちゃんは俺の名前を呼んでくれない。呼んだとしても名字で、名前は絶対に呼んでくれないんだ。俺はちゃんと『?ちゃん』って、愛情を込めて名前で呼んでるのになあ。俺って愛されてないのかな。なんかちょっと、寂しい。

「ねえ?ちゃん、たまには『猿飛』じゃなくて『黄平』って呼んでよ」
「嫌だ」

 デスクワークをする手を止めずに即答する?ちゃん。目を細めて、不機嫌そうに眉を寄せている。
 今日も彼女は俺を名前で呼ぶ事を嫌がった。毎日毎日、?ちゃんは俺を名前で呼ぶ事を拒んでいる。そんなに嫌がらなくてもいいのになあ。
 俺が無言でむくれていると、?ちゃんはデスクワークを止めてこっちを向いた。
 ツンケンしてるくせに、ちゃんと俺を見てくれているところが可愛いんだよなあ。そんなところも大好き。
 ?ちゃんは、肘をつきながら呆れ気味に溜め息を吐く。

「どうして君は、下の名前で呼ぶ事にこだわるのさ」
「どうしてって……なんか、恋人同士って感じがしない? こう、お互いに親しみを持ってる感じがするっていうか」

 そう言う俺を一瞥し、?ちゃんは再び溜め息を吐いた。

「呆れた。君はそんな理由で私に名前を呼ばせたいのかい?」
「そんな理由って……」

 なんだよ、と言いながら更にむくれる俺。そんな俺をチラリと見て、?ちゃんは深い溜め息を吐く。そして俺から顔を背向け、不機嫌そうに唇を尖らせた。

「既成事実で充分じゃないか。……君と私は『恋人』っていう事実で、ね」

 ボソボソと恥ずかしそうに呟いた?ちゃん。彼女の頬が徐々に赤くなっていく。それを見て、自然に顔がほころぶ。
 ほら、君がそんな表情をするから俺は意地悪をしたくなっちゃうんだよ。目ざといくせに、そんな事には気付かないなんて敏感なんだか鈍感なんだか。

「?」

 俺は?ちゃんの首元に手を回し、自分の顔にグイッと近付けた。彼女は俺のいきなりの行動にビックリして目を丸くしている。

「既成事実なんかじゃ足りないんだよ。証明してよ、俺を愛してるって」

 だから、俺の名前を呼んで?
 そう耳元で囁くと、?ちゃんの体がピクリと反応した。それと同時に、彼女の顔が真っ赤になる。ウブなところも可愛いなあ。

「猿飛、顔近い……離して」
「やだ。名前呼んでくれないと離してあげない」

 うう、とうなって?ちゃんはキッと俺を睨みつける。そんな表情したって、真っ赤になってたら全然迫力ないのに。むしろ、逆にそそられる。
 俺はクスッと笑い、彼女の唇を人差し指でなぞった。

「そろそろ観念しなよ。じゃないと、この柔らかそうな唇奪っちゃうよ?」
「なっ」

 ?ちゃんは俺の言葉を聞いて、俺から逃げようとした。そんな彼女の腰に手を回して引き寄せ、逃げられないように固定する。
 少しずつ近づいていく唇、ドキドキと鳴る心臓。ほらほら、早くしないと俺が抑えられなくなっちゃうよ?
 ?ちゃんは引き結んでいた唇を少しだけ開き、ボソボソと呟いた。

「……こ……黄、平……。……これで、十分でしょ」

 そう言って、顔をこれでもかという程真っ赤にして俯いた?ちゃん。
 とても小さな声なのに、それはハッキリと俺の耳に届いた。突然紡がれた名前に、俺の心臓が激しく鼓動するのが分かる。余裕無いなあ、俺。
 俺は俯く?ちゃんの頭を優しく撫でた。

「良くできました。じゃあ、良い子の?ちゃんにご褒美あげるね」

 彼女の顎に手を添えて、軽くくいっと上に上げる。?ちゃんはもう抵抗しない。これから起こる事態を想定したのか、目をぎゅっと瞑っている。そんなところも、とても愛おしい。

「?ちゃん、大好き」

 俺は耳元でそう囁いて、ゆっくりと唇を重ねた。愛してる、という気持ちを込めて。

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