ごぽぽ、ごぽ。口から酸素が出て行くと同時に海水が入ってくる。それは私の気管を塞いで、空気の侵入を断ち切った。息が、できない。意識がもうろうとする。ああ、もうだめ。きっと死ぬんだわ、私。
「……、……!」
誰かが叫んでいる声がする。ここは海底じゃあなかったっけ。ああ、もしかしてここは地獄なのかな。でも地獄ってこんなに明るいところなのかしら。何か、不自然だわ。何か……。
「おい、しっかりしろ?!」
聞いたことのある声にパッと目を開けると同時に、気管に詰まった水が口からぴゅうっと吹き出した。苦しくてごほごほと咳をすると、肺からたくさんの海水が出ていくのが分かる。
ここは地獄なんかじゃない、浜辺だ。私が沈んだ海の浜辺だ。
ぼやけていた視界が、徐々にはっきりとしてくる。私の目の前には、一人の青年の姿があった。しかし、逆光で顔がよく見えない。
「良かった、気がついたんだな」
青年はほっとしたような声で私に言った。
あれ、私はこの声を聞いたことがある。この声は、確か。
「ハ、ハートレッド!」
私は目の前にいるのが宿敵だと気づき、慌てて体を起こした。しかし、当の本人は安心しきった顔で笑っている。
私が溺れたのは、ハートレンジャーとの戦いに敗れたのが原因だ。戦闘に負けた私は、足を滑らせて海へ転落してしまった。本来なら泳いで岸へ上がるのだが、その時の私は体中に怪我をしていて体が自由に動かせない状態だった。だから大人しく海底に沈んでいったのだが、まさか敵であるハートレッドに助けられるとは。情けないにも程がある。
そんな私の気持ちとは裏腹に、ハートレッドはニコニコ笑いながら私の無事を喜んでいる。
「いやあ、全然目覚めないから一時はどうなることかと思ったぞ」
良かった良かった、と言いながら笑うハートレッド。何でそんなに喜んでいるのよ。訳が分からない。
私はそんな彼を睨みつけ、舌打ちをした。
「何で助けたのよ。貴方と私は敵同士でしょ。闘う敵が一人でも減ったら、敵の戦力が削がれるとか考えなかったわけ?」
ほんと馬鹿ね、と言い鼻で笑った私に、ハートレッドはグイッと勢いよく顔を近づけた。鼻と鼻がぶつかり合いそうな程近い距離。彼の息が顔にかかる。
彼は嬉しそうな表情を一変させ、怒っているような表情をして私を見た。
「俺は目の前で人が溺れていたら助ける! 例えそれが敵だとしても、俺はためらわずに助ける! それが俺、正義の味方ハートレッドだ!」
そうキッパリと言い切った彼は、私から顔を離してニッコリと微笑んだ。そんな彼にドキッと心臓が跳ね上がる。
何よ、何なのよこの直情馬鹿は。敵でも助けるなんて頭おかしいんじゃないの。馬鹿よ、本当に、馬鹿。こんな奴にときめいてる私も何なのよ。溺れて頭でもやられたんだわ。そうよ、きっと。
ハートレッドは立ち上がると、私に手を差し出してきた。
「ほら、立てるか?」
「……馬鹿にしないで」
私はハートレッドの手を無視して、自力で立ち上がる。そして、彼を睨みつけてフンッと鼻を鳴らした。
「次はこうはいかないわよ。必ず貴方を倒してあげる」
宣戦布告をした私は、彼に背を向けて浜辺を歩き出す。ドキドキと高鳴る胸は一層激しさを増していた。ああ、まさか、私は。
こんなことになるなら死んだ方が良かったのかもしれない。でも、もう手遅れ。ああ、いっそのこと溺れたまま放っておいてくれれば良かったのに、なんて罪作りな奴。
後ろから聞こえた「俺だって次も勝つぞ!」という叫び声を聞いて、口角を上げてしまった自分を情けなく思った。
Title by へそ