シリアス傾向
ジンがひどい












ああ、なんでこんなとこにいるんだっけ?
そうだ、わたし、この後降谷さんに報告しなきゃならないんだった。
ああ、頭がぼーっとする。
おっといけない、


「考え事か?名前」
「…っ、ジン」


ぐい、と顎を掴まれる。目の前に迫る鋭い瞳。銀髪がさらりと落ちてくる。


「さて、効いてきた頃だな」
「…ッはあ、」
「今日の成果を聞こうか」
「…ええ、」


ジンに口移しされたのは自白剤の一種だ。実は耐性がついているのだが、私はよく聞くふりをきちんとできる。
とは言え疲れてる時は危険だ。しっかり、しなくては。



「それで、例のモノはどこまで流れてる」
「…あれは、」



組織の幹部であるジンはとても用心深く、そして趣味の悪い男だ。ジン付きの情報屋になって1年、こいつは時折わたしに自白剤を飲ませる。自分は耐性があるのか何なのか、必ず口移しで。
用済みになれば抱き潰されて置いてけぼり。それでいてこの男は私をそれなりに信用しているらしく、私のこのポジションは今とても重要だ。

組織に潜り込んで2年になるが、ジンに目を掛けられた私はこの1年、ジン以外のメンバーとはほとんど限られた人間としか会っていない。コードネームもない。わたしはジンのペットだからだ。



「やくやったな、名前」
「…っはあ、は、」
「もう少し体力をつけとけよ。物足りねェぜ」
「あんたと、一緒にしないでよね、」
「次の指示を待て」
「…はあ、」



ジンが出て行ってしばらくしてから。
私はだるい身体を起こして家路に着く。

警察庁警備局警備企画課、通称ゼロ。そこに配属され、そのまま組織へ潜入した。庁内に知り合いは数えるほどしかいない。そして潜入してから、バーボンが降谷というゼロの上司であると知った。
さて、定期報告しないと。

あー、だる。

ジンとのセックスはかなり摩耗する。何って精神と体力をだ。あいつの体力は底無しだし、丁寧のての字もない。自分本位。それでいて、気まぐれに此方の反応を楽しんで攻め立てる。先は読めないし、終わりはなかなか来ないのだ。

今日はえらく動き回った。その後のジンとの逢瀬は、私の身体を限界まで酷使した。
ああ、ふらつく。薬切れてないのかな。
深夜の街、人通りはない。すこし座って休もうか。




不意に眩い光が一筋走る。ヘッドライトだ。
あ、タクシーだったら拾おう、と立ち止まって振り向いて、すこしして気付いた。

あれは、真っ白なRX7じゃないか。
一瞬体が緊張して、次に弛緩する。



車はかなりのスピードでこちらに向かってきて、滑り込むようになめらかにわたしの横で停止した。
運転席の窓が開いて、さらさらの金糸が揺れた。


「名前」
「…バーボン」
「乗りなさい。送ります」
「…ありがとう」


バーボンとは何度か共に仕事をしている。だから2人が外で落ち合っても、言い訳はどうとでも出来た。車道側の助手席へ向かおうと一歩踏み出して、わたしの意識はぷっつり途絶えた。







気がつくと、私はRX7の狭いシートにぐったり腰掛けて揺られていた。


「目が覚めたか」
「…すみません、わたし、」
「僕の顔を見て安心したか?」
「え、」
「急に落ちたから驚いたよ」
「…降谷さんが乗せてくれたんですよね」
「ほかに誰も居なかったしな」
「ありがとうございます」


やっぱり薬が効き過ぎていたのか。体調を崩しているのかもしれない。いや、もしかして薬を変えてきたのか、すこしだけ眠ってややすっきりした頭でくるくると考える。


「それで、」
「っ、はい、」
「今夜もジンと?」
「…ええ、大した収穫はありませんでした。でも今日飲まされた薬は、もしかして新しいものかもしれません。すこし探ってみます」
「ああ、わかった。気を付けろよ」
「…ありがとうございます」


車はガラガラの高速道路を飛ばしている。
降谷さんに報告する時は、電話で短く済ませるか、こうして高速道路を走りながらが多い。

目まぐるしい速さでいくつもの街灯を通り越しているのに、コンクリートの防音壁はどこまで行っても同じだ。終わりがない。なんだか気が滅入りそうだ。


「…なあ」
「はい」
「ジンが飲ませるその自白剤、催淫効果もあるのか?」
「…いえ、おそらくありませんけど」
「なのに、あいつは毎回?」
「ええ。あの嗜虐主義者が媚薬で誤魔化した相手で満足する訳ないですよ。あの薬は自白剤の一種ですけど、投与された側はちゃんとその意識と記憶を保ったまま喋ってしまう。頭はクリアなのに、口がべらべら喋ってしまうみたいな感じです」
「…それは辛いな」
「…いっそ記憶飛ばしてくれるか、もしくは催淫効果もあったら楽なんですけどね」
「…」


ジンの冷たい瞳が頭に浮かんで、ふるりと首を振った。腰から下に残る怠い違和感が、急にはっきりと感じられる。


「名前」
「はい?」
「逃げたくならないか」
「…ならないと言えば嘘になります」


降谷さんの車がトラックを追い越す。
その横顔は、造形美と言っていいほど完成されている。作り物みたいに綺麗なのに、眼だけが複雑な光を灯す。そのブルーグレーは、今までどんなに見たくないものを見てきた事だろうか。何度涙を堪え、瞑りたくないときに瞑り、感情を押し殺してきたのだろう。



「でもわたし、一人じゃないですし」
「…」
「守りたいものがあります。降谷さんという凄いお手本もいます。だから大丈夫です」
「そう、か、」
「心配してくれたんですか?」
「まあ、それなりに」
「ふふ、ありがとうございます。愚痴ったら元気出ました」
「君のは愚痴という次元の話じゃないけどな…」



眉を下げた降谷さん。ああ、やっと笑ってくれた。


「降谷さん」
「うん?」
「私より先に死なないで下さいね」
「…それは俺の台詞だよ」
「もっとジンに食い込んで、必ず組織を壊滅させますから」
「…馬鹿」
「え」
「一人じゃないんだろう?手を取り合ってとはいかないが、それでも、」



俺たち、で必ず組織を壊滅させよう。
降谷さんがこちらを見て、ほんの少しわらった。

なんだか吹いたらふっと消えそうな、蝋燭みたいな笑顔だったけれど。



この人が心から、本当の笑顔になれる日本を、わたしが取り戻したいと心から思った。





届かぬ星
(わたしは祈るだけの少女ではもうない)









20190624

降谷さんほんと幸せになってほしい。









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