わたしはいま、怒っている。
だからこうして、普段はひとりでなんて行かないショットバーのカウンターでお酒を飲んでいたりする。からん、と空になったグラスの中で氷が鳴る。

思えば彼と付き合い出してから、ひとりでバーに行くなんて決して許してもらえなかった。


「…お代わりを」
「はい」


壮年のマスターが、すっと新しいジンライムを差し出す。わたしの大好きなお酒。何杯目だったっけ、ここに来てそう長くはないはずだけど。


「おひとりですか?」

隣のスツールがぎっと音を立てる。
男の声。またナンパだろうか。何人か撃破したが、まだ残党がいたかと溜息をつく。


「おひとりですけど、そんな気分なのでどうぞ放っておいて」
「そうですか?危うげでとても一人には出来ませんけどね」


ムッとして顔を向けて、ピシリと固まる。


「れ、…透」
「こんばんは」


なあーにがこんばんは、にこっ、だよ。
今一番見たくない顔をがそこにあって、遠慮なく眉間に皺を寄せた。
涼しい顔をして、バーボンをロックで、とマスターに微笑む零の声にすぐに気付かないくらいには、私は酔っているらしい。



「随分荒れてますね」
「ええ、女にだらしない男のせいで」
「へえ、モテるんですね、あなたの恋人は」
「…恋人だなんて一言も言ってません」
「そんなことを言っては恋人が悲しみます」
「悲しめばいいと心から思いますけど」
「それもそうですね」
「え、」
「こんなに綺麗な女性を悲しませるような男は、よく反省した方がいい」
「…どの口が言うやら」



からん、今度は彼のグラスの氷が鳴る。
どうやら安室モードで貫く気らしい。



「それであなたの恋人は一体何を?」
「…大したことじゃないわ。女物の香水の匂いをたっぷり染み付けて帰って来ただけ」
「それは酷い」
「おまけにお酒の匂いも、ね」
「あなたみたいな人がいながら?」
「私のことなんてどうとも思ってないんでしょうね」
「そうとは限りませんよ」



肩は触れない椅子の距離。
ぐい、と彼がバーボンを呷る。
また、からんと氷が鳴る。



「それじゃ、あなたの恋人に聞きに行きましょう」
「…会いたくないわ。あなた一人でどうぞ」
「そう言わずに」
「しつこい」

キイ、とスツールがなって立ち上がった零が、不意に私の耳元に唇を寄せる。


「帰りますよ、名前」


それは安室モードじゃない、降谷零の声。舌打ちしたい気分だけれど、ここでそれは不味い。私は何度目かわからない溜め息を落として立ち上がる。
気付けばマスターの姿も見えない。いつのまにチェックを終えていたのか、そのまま彼の後ろについて店の外へ出た。


「…ちょっと、透」
「黙ってついて来て」

車には乗れないから、タクシーで帰ると思ったのに。零はそのままバーの裏路地へ入る。


「どこ行くのよ…」


そのまま奥へ奥へ進み、街の喧騒がぐっと遠く感じるようになった辺り。不意に立ち止まって振り返った時は、完全に安室モードを捨て去っていて。


「ちょ、っと?!」
「黙って」

手を引かれて、路地の壁に押し付けられた。
容赦ない力加減に、背中が痛む。



「ひとりでバーで飲むなんて、いい度胸だな?」
「…誰のせい」
「バーボンの仕事だったんだ」
「…」
「ターゲットの女性から情報を抜いて来た」
「シャワーくらい浴びて帰って来たら?」
「早く君の元へ帰りたかったんだ」
「…私は嫌だった」
「疲れてたんだ。言葉が足りなかった」
「全くね」


壁と、彼の両腕に閉じ込められて、顔と顔が近い。見下ろされて、ブルーグレーの瞳が強くこちらを見据えている。


「…悪かったよ」
「そんな顔してないけど」
「何人に声を掛けられた?」
「…は、」
「あそこでひとりでジンライムなんて飲んで、何人に誘われたのかって聞いてるんだ」
「覚えてないわ」
「…身体に聞いた方が早いかな」
「い、や、です」
「…名前」
「なに」
「俺が悪かった。でもひとりでバーになんて行かないでくれ」
「…」
「君が他の男の目に触れるだけで耐えられないのに、声を掛けられて隣に座られるのは絶対に我慢できないんだ」
「…欲張りね」
「ああ、そんな俺が好きなんだろ?」
「…残念ながら、ね」


すこし眉を下げたその顔も、悔しいけれど大好きなのだ。


「…透」
「…ちゃんと呼んで、名前」


首筋に零の顔が埋まる。
温かい息が掛かってぞくりと背中が粟立つ。


「零、」
「…ああ」
「私も大人気なかった、ごめん」
「うん…分かってくれればいい」
「帰ろっか」
「ああ、帰ろう」






(犬も食わない、)




「え?ちょ、どこ行くの透」
「ん?」
「タクシーあっちでしょ」
「泊まって帰ろう」
「で、でも」
「時間が惜しいんだ」
「仕事?早いの?」
「……早く抱きたいんだよ」
「…透じゃなくなってるよ」
「…失礼しました。名前さん」
「はあい」
「今夜はお付き合いしてくださいますよね」
「……まあ、はい」





thx:子猫恋
20190623









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