その部屋に、窓はたったひとつ。高い場所に、長さは30cmほど、高さは僅か10cmほどの窓。たとえ届いても、外に出ることは出来ない。
そこから月の光が差し込んで、薄暗い部屋をほんの少しほの白く照らしていた。弱々しく、寒々しく。

さして広くはない部屋に、特異な窓がひとつと、重厚なドアがついたこの部屋は言うなれば独房だ。今、この部屋の主は女。まだ若く、先日まで共に仕事をしていた。自分がここの世話係に任命された時、正直逃げ出したい思いもあった。



「、バーボン」
「…ご機嫌いかがです、名前」
「最高よ、ありがとう」
「…どういたしまして」



この部屋に監禁された者は、手錠と足枷を付けられて行動範囲が著しく狭められる。化学開発部の試薬だというダウナー系の薬を飲まされ動きも思考も鈍くなり、日に一度の食事すら、徐々に受け付けなくなっていく。


「食事しましょう」
「お腹が空かないの」
「困りましたね」
「運動不足のせいね」


しかし彼女の頭は鈍らなかった。身体は辛そうではあるし、食欲がないのは本当らしく、頬がこけている。それでも受け応えはきちんとしているし、その眼に宿る理知的な光は未だ消えていない。

彼女の罪状は、Non Official Cover、つまるところスパイ。もちろん、まだばれていないだけで俺自身もNOCだ。彼女が何処の所属なのか俺は知らないが、NOCと知るや否やすぐに息の根を止めてきた組織では、今回なんらかの考えがあるらしく彼女をこうして監禁していた。


「しかし無理にでも食べないと、身体が弱ります」
「私が弱って困る人が?」
「…少なくともまだ、僕は困りますね。あなたを生かせと言われています」
「そう…それは面倒ね」
「………あなたは、」
「ねえバーボン?」
「…はい?」
「運動したら、お腹が空くかも」
「…」
「抱いてくれない?」
「…名前」


蠱惑的な目でこちらを見上げる彼女。
前よりいくらか痩せ、浮いた鎖骨がうごく。
気怠げなその眼に宿る光が一瞬きらりと輝いて、思わず唾を飲んだ。そういえば薬には、催淫効果もあったかもしれない。


「僕は裏切り者と交わる気はありませんよ」
「…ええ、そうよねバーボン」
「名前、あなたは…何者なんだ?」
「ふふ、当ててみて」
「…日本警察か」
「いいえ」
「他国か」
「かもね?」
「…余裕があるんですね」
「ないわ、今にも死にそうよ」


彼女が日本警察はもとより公安の関係者でないことは分かっている。そして、彼女が赤井と同じFBIなことも。だが、何処で誰がここの会話を聞いているか分からない以上、自分自身まで危険に晒すわけにはいかない。


「ねえ、抱いてくれないなら出てってちょうだい」
「あなたが食事をしないから」
「抱いてくれないなら食べないわ」
「…何を企んでいる?」
「ふふ、何も。ただの欲求不満よ」
「よく言いますね…」


口調は軽いが目は本気。お互い探り合いだった。

そのとき、俺の携帯が着信を知らせた。


「もしもし、…ええ、そうです……はい、分かりました」


ポケットに仕舞い、彼女に向き直る。


「名前」
「…」
「あなたは間もなく用済みになるそうですよ」
「まだ用は済まないの?」
「さあ?ともかく、もうすぐ楽になれますから、無理に食べなくともいいでしょう」
「そう、ご苦労様、バーボン」



あくまでも気丈に振る舞う彼女の瞳が伏せられる。正直なところ、むせ返るほどの色香に抱き締めて口付けてしまおうかと思った。だけどそうはしない。
この改築された廃倉庫の外に、よく知る気配を感じていたからだ。


「名前、」
「まだ何か」
「気が変わりました。ここでお別れです」
「…そう」

すらりと愛銃を抜く。
彼女の瞳が真っ直ぐ俺を射抜く。

そして安全装置を解除した、次の瞬間。

耳をつんざく爆発音と、強い爆風。
うずくまってやり過ごす。
なんとか開けた眼に映ったのは、


「………赤井」
「やあ、うちの名前が世話を掛けたな」
「どうせすぐに殺される」
「そうはさせないさ」

くったり意識を失った彼女を抱き上げて不敵に微笑む、宿敵赤井秀一だった。



「君、組織から彼女を殺す指示は出ていなかったはずだ。何故銃を彼女に?」
「別に。どうせ後で殺されるなら僕の手で、と思っただけです」
「嘘が下手だな」
「名前はFBIですね」
「ああ、FBIだが…それ以前に俺の大切な人でね」
「…そうでしたか」


赤井がここを爆破して彼女を救いに来たということは、然るべき準備は万全なはず。盗聴や監視の目は欺いてあると判断し、つい饒舌になる。


「…ともかく、名前に銃口を向けたことを後悔した方がいい」
「ハッ、僕にそんな暇はない」
「どうかな?俺は執念深いからな」
「そうだ、そんなあなたにいいことを教えてあげます」
「…なんだ」
「彼女、僕に抱いてくれと頼んだんです」
「…薬のせいだ」
「約束はきちんと果たしますと、お伝えください」


もちろん約束なんてない。俺は断ったのだから。
それでも赤井の眼に確かに宿る嫉妬と殺気に気を良くする。


「それは出来ない相談だ」
「…あなたも一介の男なんですね」
「今更だな」


長居は無用と、赤井が踵を返す。
彼女の白い脚が揺れる。

また会えるだろうか、と浮かんだ思考を振り払って、俺も踵を返した。





亡命する星々
(それぞれの思いは何処へ流るる)





「う、」
「気が付いたか?名前」
「あ、秀一…?」
「もう大丈夫だ」
「ああ、ありがとう…」
「ところで名前」
「ん、?」
「安室くんを誘ったとか」
「………ああ、バーボン?」
「後でゆっくり話を聞こう」
「え、ちょ、待って秀一、」
「大丈夫。ジェイムズには俺から連絡した」
「いや、そうじゃなくて、ちょっ、」
「もう黙るんだ、名前」
「………っ、あ、」




thx:子猫恋
20190623










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