「………よし、では作戦通りに」
「ええ。了解」


闇夜の倉庫街は、水を打ったように静かだ。100メートルほど先の海の音は今は聞こえない。今日のパートナーはライ。狙撃の腕は確かでグリーンの瞳がミステリアスな寡黙な男だ。


「大丈夫か」
「っえ?…もちろんよ」
「そうか」
「…そろそろ行くわ」


今日まで私は、ターゲットである闇の武器売買組織のボスの愛人兼情報屋として潜り込んでいた。与える振りして引き出すべきことを引き出し終えた今、彼奴は用済み。今日蹴りをつけてくれるのが、他でもないライだ。

黒ずくめの組織に潜入して、情報屋、そしてハニトラ要員としての立ち位置を得るまで時間と自身をすり減らした。私の本当の顔は公安零課、鬼の降谷の部下である。この仕事が完遂できれば、コードネームを得られるはずだ。そうすればもっと深くこの組織に食い込める。柄にもなく緊張し、掌にはじわりと汗が滲んでいた。


「……緊張してるな」
「………別に?」


それを見透かしているかのような、ライのグリーンの瞳。
NOCだとバレれば一巻の終わり。この男の洞察力はとても危険だとわかっていたし、鬼上司降谷、もといバーボンからも、ライには必要以上に近付いてはならないと釘を刺されている。


「ご心配ありがとう、ライ」
「…案ずるな。俺が必ず撃ち墜とす」


これ以上、この静かな場所に一緒にいてはいけない。心臓の音まで聞かれてしまいそうだった。
返事はせずに音もなく立ち上がって、私はターゲットをポイントへ誘うべく立ち上がった。











大きな音は出なかった。
サイレンサー特有の発砲音。風を切って私の横をすり抜ける弾丸が空気を切り裂く音がした。

「っ、ボス!」
「誰だ、畜生!」
「おい、そっち回れ!」

構成員たちが色めき立った次の瞬間、私はガーターベルトに潜ませていたベレッタナノを抜く。
私は自分の身に危険がない限り、発砲しなくて大丈夫。こんなメンバー、ライひとりで充分なのだ。あっという間に、構成員たちは1人残らず地に伏して物言わぬ塊に成り果てた。



「……ふう、」


ちいさなハンドバッグから携帯を取り出し、ライの番号を呼び出す。


「mission complete . お疲れ様、名前」
「ええ、ありがとうライ」
「すぐに迎えに行くよ」
「わかった」



通信を切り、今一度辺りを見回す。
息の根は1人残らず止まっている。ひとり一発ずつ。ライの仕事は簡潔で完璧。

次に呼び出したのはベルモットの番号。任務完了を伝える。了解、ご苦労様、と短い返事の後すぐに通信が切れる。

かすかにシボレーのエンジン音がして、ふと空を見上げた。
星はない。波の音が聞こえる。


すぐにライはやって来た。



「待たせたな」
「いいえ」


乗り込むと同時に、黒いシボレーが闇夜に滑り出す。後始末は私たちの仕事ではない。

高架下に停車するまで、車の中は静寂に満たされていた。


「ありがとうライ、ここでお別れね」
「………なあ、名前」
「うん?」
「君は安室透という男を知っているか」
「…いいえ、誰なの?」
「……いや、知らないならいいんだ」



穏やかな声で話し出したライの言葉に、内心驚く。
安室透は我らが上司のもう一つの顔だ。情報屋の私が知っていても不自然なことではないが、ライに関わるなという忠告を胸に刻んでいる以上、この人と安室透の話をする訳にはいかない。



「…じゃあ、私はこれで」
「ああ、そうだもう一つ、」
「え?」

ドアに手を掛けた私の肩を、不意に優しく、でも強い力で引き戻す。
振り向いた私を、グリーンの瞳が真っ直ぐ射抜いた。


「…っ、」

熱い唇が、自分のそれに押し付けられた。


「………、何するの?高いわよ」
「ああ、身体で支払えるかな」
「ご冗談」
「そうか、本気だったんだが」


不敵に笑うその眼は、獲物を狙う狙撃手のそれ。うるさく刻む鼓動は、最早撃ち抜かれていたのかもしれない。

思い切り眉をひそめる鬼上司の顔が頭に浮かんだ。






焼き付く色は、
(その瞳から逃げられない)



「………はい、苗字です」
「何故電話に出なかった」
「すみません降谷さん」
「任務はとっくに終わってたんだろう」
「はい、あの、ライと、」
「ライ?」
「すこし、世間話を」
「………ゆっくり聞かせてもらおうか。今どこにいる」
「あ、いや、今日はちょっと」
「今、どこにいる」
「………まもなく自宅です」
「チッ、すぐに行く」





20190622









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