「ーーーそうか。ご苦労だったな、苗字」
「…はい」


通信が途切れて、ふう、と息を吐いた。
空港の駐車場、想定より長く待たせてしまった愛車のカマロが、ぎらりと黒く光ったのを見とめてふ、と自然と笑みが漏れる。

降谷さんが潜る黒の組織の壊滅から、更に半年が経っていた。季節は一巡し、日本の夏の太陽が肌を灼く。ああ、サングラス忘れてた。
私の潜っていた組織は、黒の組織壊滅の余波による事件で結果的に壊滅に追い込まれた。ワンマンだったボスの死は結果的に中からの瓦解を招き、更にスコットランドヤードの総力をあげての捜査と逮捕劇により、3か月足らずで完全に壊滅に追い込まれた。表向きが優良企業であった事からその悪に塗れた素顔は歴史に残る大きなニュースとなった。
以降私は後始末に奔走し、ようやく日本に帰って来たところだった。まずとりあえず霞ヶ関だ。電話の相手だった上官の元へ向かわなくては。



「……え」

長いフライトで凝った首をさすりながら、歩み寄ったカマロの向こう、見慣れた白い車を見つけてはた、と歩みを止めた。

それは白いRX7。
まさか、降谷さんが?いや、そんなわけない。今日帰ることは伝えていないのだから。






彼に最後に会ったのは半年前。私が渡した情報から黒の組織が壊滅し、そのあと私がロンドンへ発つ日のことだ。
警察庁で彼に会うのは何年振りかの事だった。





「まだしばらく忙しそうだな?」
「ええ、またすぐロンドンへ飛びます」
「そうか。わかった」
「ねえ降谷さん」
「うん?」
「半年、経ちましたけど」
「ああ…覚えてたか」
「はい」
「そうか…じゃあ、いいか?名前」
「はい、…え?今、名前、」
「時間が無さそうだからよく聞けよ?」
「待っ、え?」
「お前が好きだ」
「……え?」
「なんだよ、意外そうな顔して」
「え、だって、」
「…本気だ、俺は」
「え、と…」
「早く帰って来いよ」
「ちょ、降谷さ、」



黒の組織壊滅によりいつもの何倍も騒がしい警備企画課のオフィス内。その片隅で交わされた会話に気付く者は居なかっただろう。
降谷さんだってそのまま部下に呼ばれて踵を返して立ち去ってしまった。

あれきり連絡も取っていない。告白…されたのだったと思うが、それすら自分の記憶の都合の良い捏造だったような気すらしてくる。


本当に…彼は私を好きだと言ったんだったか。




「…はあ、」

いやいや、今はとりあえず、行かないと。
かぶりを振って降谷さんの青い目を頭から消し去る。日本に帰って来たのだから、また会う機会はあるだろう。自分だって彼の事を憎からず思って来た。似たような境遇で孤軍奮闘する降谷さんは、憧れであり仲間であった。それが恋だと気付いたのは随分と前の事だ。


カマロの運転席に近付く。
ゆらり、と夏の太陽が黒いボディーを灼いて眩しい。


「名前」
「…っ、ひ、」


目が眩んだところに、不意に名を呼ばれて肩が跳ねた。人の気配なんてしなかったのに。


「ふ、るや、さん」
「…そんなに驚くなよ」


車に気付いてただろ。
少し困ったように破顔する彼は、半年前と変わらず甘やかな笑顔だ。揺れるミルクティー色の髪が陽の光に光って見えた。


「なんで、」
「…俺の情報網を舐めてるな」
「…すみません、?」
「名前」
「は、い」
「おかえり」
「……はい、っ」


ああ、可笑しい。柔らかく笑むその眼差しの青が愛おしくて、あっという間に目に涙の膜が張る。泣くなんてガラじゃない。自分で自分にびっくりだ。


「泣くなよ」
「まだ、泣いてませ、ん」


簡単に涙声になる浅ましい体が疎ましい。視界に揺れる金髪が歩み寄って、すこし手を伸ばせば直ぐに届く場所までやって来る。
ああ、こんな風に向かい合って彼と相対するのは初めてかもしれない。ずっと、手の届かない相手だと思っていた。直ぐそこに居て、ほかに誰もいない。こんな状況を何度夢に見たことだろう。


「名前」
「…っ、はい」
「返事、聞かせてくれるか」
「あ、…はい」


心臓の音がうるさい。降谷さんの碧眼が優しく緩んで目が離せない。


「……えと、」


わたしも好きです。その言葉が、喉の奥に引っかかってなかなか出てこないのは。下らないプライドじゃなくて、本当に純粋に照れたからだった。顔が熱くてたまらない。夏の暑さのせいに出来るだろうか。



「名前?」
「…っ、」


その声色はひたすらに優しいのに。
降谷さんの目がきらりと光って、ふ、と彼の身体がうごく。次の瞬間、その大きな手がわたしのカマロにどんと付く。長い両手に閉じ込められて、無意識に後ずさった腰がボディにとんとついた。
すぐ目の前には美しい彼の顔。その碧眼に射抜かれる。



「…悪い、俺もあまり余裕がないんだ」
「…え、と」
「好きだ。名前」
「……わた、しも」
「うん?」
「好きです、ふるや、さん」


情けなく震える声と、零れ落ちた涙が頬を伝った。降谷さんが微笑む。ふ、とちいさく息が漏れて、薄い唇が近付く。まるでそうするのが当たり前と身体が知っているかのように、私のまぶたが静かに下りる。


「…っ」

唇が触れたのはほんの一瞬だった。すっと離れた瞬間、彼の香りがふわりと濃くなった。
香水でもシャンプーでも、洗剤でもない降谷さんの匂い。胸がぎゅっと苦しくなった。


「……良かった」
「…はい、」
「大切にするよ」
「う、…はい」

優しく眇められた碧眼が愛おしい。
わたしの頬の涙を拭う褐色の美しい指が、わずかに震えている事に気付いた。






の終着





「全く長いこと待たせられたもんだ」
「待っ、てたんですか、」
「ああ、随分焦らされたな」
「そ、そうですか」
「…君の仕事が大変だったのは聞いてる。本当に、よく無事で帰って来てくれたよ」
「…言わなきゃいけない事があったので」
「うん」
「降谷さんに、気持ちを伝えないと、死ねないなと思って」
「…ああ」
「帰って来て良かったです」
「そうだな」
「で…降谷さん、あの、」
「ん?」
「私、登庁しないと」
「ああ、そうだな」
「…あの、」
「待って、もう少しだけ」
「う……はい、」



20190827






mao様

この度はリクエストありがとうございました。
白と黒続編との事で、再会編とさせて頂きました。気に入って頂けましたら幸いです。


nico











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