空は目に痛いほどの青空だった。暦の上では秋といえど、体感する空気は夏のそれだ。愛用のサングラスの位置を利き手で直す。こんな日差しの中裸眼で居てはたちまち頭痛になってしまうからだった。愛車の中はエアコンのおかげで涼しいのだが、ガラスを通して焼き尽くさんばかりに照りつける日光が肌に痛い。早く来ないかな、とサングラスの下の目を再び周囲に巡らせた。


「…あ」


来た。口の中で小さく呟いた。通りからこちらに入ってくる真っ白いスポーツカー。サングラスがブラウンなので、今日は車体がセピアカラーに見える。

ここは大型量販店の駐車場なので、その広さもかなりの規模だ。そこに停まっている車の数もまた膨大で、おまけに週末とあってかなり埋まっている。通りに近い場所に停めているとは言え、この中から私の車を探すのは骨が折れることだろう。連絡してやるか、と視線は彼の車に向けたまま携帯を手に取る。が。


あろうことかその白いスポーツカーは真っ直ぐこちらへ向かってくる。駐車場の中なので徐行運転ではあるが、全く迷う様子もない。
まるで示し合わせたかのように、私の隣に停まって居た車が動き出して1台分のスペースが空く。そして白いスポーツカーが滑り込む。ガラス2枚を隔てて、色素の薄い髪が揺れるのが見えた。




「…お疲れ様です」
「ああ、待たせたな」

周囲をもう一度よく見回してから、私は自身の車から降りて素早く降谷さんの車の助手席に乗り込んだ。サングラスを外して胸元に引っ掛ける。どうせすぐにまたかけるのだからこれでいい。


「よく分かりましたね、ここに停まってるって」
「…君の車は目立つから」
「え?そうですか?」
「まあな」

私の愛車は真っ黒なシボレーカマロ。黄色なら大きなロボットに変身するやつだ。あれ?ロボットが車に変身してたんだっけ?
とにかくアメ車好きな私はこれが気に入っているのだが、RX7しか愛せない降谷さんからは理解を得られない。公安がアメ車なんて、と言われて上下関係を忘れて言い争いになったのは未だに飲み会の時の語り種だ。



「それで」
「はい、ここにデータは入ってますが…」

きらりと鋭くなった碧眼。彼に渡したUSBメモリはこの小ささで、一種の兵器に相当する威力を持つ。それはもちろん物理的にではなく、情報的に。


「ん?」
「気をつけてくださいね、本当に」
「俺が下手を打つとでも」
「…そうじゃないですけど」

分かっていて意地悪なことを言うこの人は、世界的な組織に潜る潜入捜査員だ。組織の中枢に食い込むべく日夜身体と精神を擦り減らし、なお喰らい付いて入り込んでいく。こんなベビーフェイスからは想像がつかない程、彼は狡猾で優秀な捜査員だ。


「お前こそ、大丈夫なのか」
「まあ…なんとか?」

実はかく言う私もゼロからの潜入捜査員である。彼とは違う組織で、ヨーロッパを拠点に活動する闇の組織。それでいてその表側は優良な世界企業であり、ここ数年日本に活動の幅を広げている。だから私は今日本にいる訳だが。


「なんとかって、」
「なんとかなりますよ、私の方は」
「…簡単に死ぬなよ?」
「死ぬときは日本がいいなあ…」

彼の潜る組織は名前がない。だから黒の組織、と呼ばれている。かたや私の潜る組織は表面上が優良な企業であることから、白の組織、と呼ぶ人もいる。黒と白。そして相容れない私達の車の色は、白と黒だ。べつにそんな意味を込めたつもりは全くないけれど、お前達は似た者同士だ、と上官がぽつりと漏らした言葉が何故だか頭に残っている。


「…なあ苗字」
「はい」
「死ぬなよ」
「……降谷さんこそ」
「そこははいって言っとけよ」
「うーん、はい」

天井の低い車内、2人の距離は近くて遠い。
もともと降谷さんとは年に一度会うか会わないかだったのに、私が日本に戻ってからは必然的に頻度が上がっていた。交わらない組織、交わってはならない潜入捜査員。その逢瀬は短く、とても静かに終わる。情報を渡し、情報を得る。ただそれだけなのに、降谷さんの傍は自然と心がほどけるような楽な感があった。

ゼロでは上下関係。ゼロを出た外では、互いに見知らぬ者同士。



「…あと半年だ」
「はい?」
「半年経ったら、言いたい事がある」
「はあ、」
「だからそれまで死ぬなよ」
「…フラグじゃないですか?」
「物騒なことを言うな」
「ふふ」


私が彼に渡したデータは、比喩でなく、本当にほぼ兵器なのだ。これが露見した暁にあるのは、降谷さんの潜る組織の壊滅。間も無く世界の一部が混乱に陥り、そして彼は潜入捜査から解放される。半年、きっとかからないだろう。

私の方は、まだだ。今持ち得る力の全てを賭してこのデータを手に入れたが、これで潰れるのは黒の組織だけ。白の組織は影響こそ受けても壊滅したりはしない。

だけどもし、半年後彼が降谷零に戻ったら。その時私が生きていたら。伝えたい事なら私にもあった。伝えられるか、わからないけれど。



「…じゃあ、私はこれで」
「ああ。また連絡する」

さよならは目線だけ。私は降谷さんの車から降りて、灼熱のコンクリートの上に一度立つ。急な熱さに汗が噴き出す。降谷さんは頭から駐車スペースに入ったので、左ハンドルの私の運転席はすぐそこだ。ほんのわずかな逡巡。言いたい事が、ある、けど。


ふう、と息を吐いて車に乗り込み、直ぐにスタートさせて、振り切るかのように駐車場を出る。重いエンジン音が頭を冷やしていく。バックミラーに映る真っ白なRX7。目が痛い。ああ、サングラスを掛け忘れてた。
目に焼き付いた白い車体が、頭にこびりついて離れない。運転席から見える黒いボンネットが、陽に灼かれて一瞬ゆらりと境界をなくしたように見えた。








白と黒

交じわる時は、果たして、







「ーーー次のニュースです。先日の国際組織の大規模テロによる犠牲者の中に、国際的大企業であるーーーーのCEOであるーーーこれを受けて日本からも追悼のーーーよって今後同社ではーーー今後も各界への多大なる影響が懸念されーーー」



「…降谷さん」
「生きてたか…苗字」
「えへ、生き残っちゃいました」
「まさか白の組織まで潰れるとはな」
「まだ潰れてませんー」
「もう実質潰れてるだろ」
「まあ…風前の灯火って感じです」
「まだしばらく忙しそうだな?」
「ええ、またすぐロンドンへ飛びます」
「そうか。わかった」
「ねえ降谷さん」
「うん?」
「半年、経ちましたけど」
「ああ…覚えてたか」
「はい」
「そうか…じゃあ、いいか?名前」
「はい、…え?今、名前、」
「時間が無さそうだからよく聞けよ?」
「待っ、え?」






20190822














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