*景光生存IFストーリー
*軽率にそしかい後












「ヒロ!映画借りてきた!」
「おお、珍しいな」


アパートのドアが開くと同時に、顔を出した髭の男にきらきら輝く目で声を張ったのは名前。彼女は景光の幼馴染だ。
片やドアを開けた途端に声を張られた景光は、一瞬面食らってそれから眉を下げた。
まあとりあえず入って、と促すと、お邪魔しますと律儀な声が返って来る。こういう所は本当に変わらない。


「ビールもハイボールもおつまみも買ってきたよ」
「おお、悪いな」

大きなスーパーのレジ袋の中には、缶ビールの6缶パックにハイボールやらサワーやらの缶。
こりゃ重かっただろうにと景光は苦笑する。


名前と景光、そして零は、小学生の頃からの友人だ。高校まで同じで、何故かやたらとウマが合った。そして景光と零が警察官になり、その後潜入捜査が始まる。もちろんその時は名前とも連絡を断ち、数年間は一度も連絡を取らなかった。ようやく組織が壊滅し潜入捜査から開放される頃には、3人揃って30を越えてしまったのだが、揃いも揃って独身のままだった。

潜入捜査の半ばで景光は一度必要に迫られ死を偽装したため、零との交流も絶たれていたわけなのだが。
すべてが終わり、きちんと表を歩けるようになってからは、自然とまた3人仲良く元通りになれたものだから笑ってしまう。俺達なんにも進化してないな、と。

さらに言えば、名前は20代の半分以上の時間を仕事でアメリカやヨーロッパで過ごしていた。まあ何にせよ、男たちにとって彼女が巻き込まれたり悲しんだりせず、こうして今元通りの関係になれた事は僥倖だった。
幼馴染と過ごす時間は、まさしくタイムスリップしたかのように懐かしく居心地が良く、ほんとうに矢のように時計の進むのが早かった。長らく死線に立ち続け日本を守ってきた勇敢な幼馴染たちの活躍を、だから彼女は知らないのだけれど。



「で、なに借りてきたの」
「ふふふ…これです」

やや勿体ぶるように、彼女がDVDのレンタルケースを顔の前に掲げる。


「え?これって確か…」
「あれ、ヒロってホラーだめだっけ」
「んー、駄目ではない」
「あ、もう観たとか?」
「んーん、観てないよ」


良かった〜と彼女が相好を崩す。

名前が借りて来たのはホラー映画で、最近レンタルリリースされたものだ。
彼女がホラー映画を借りて来るなんて珍しいな、景光は缶を冷蔵庫に仕舞いながらすこしわらった。













「名前?」
「……うん?」
「大丈夫?」
「……うん?」


何で疑問形なんだよ、とわらってしまう。
映画は中盤、スプラッタものではないものの、最新の映像技術がなんとやら…で思わず肩がびくりと震えるような演出と音楽で、景光は意外と面白いな、と楽しんでいた。
しかし隣に座る彼女はと言うと、肩どころか身体ごとびくっと震えるし、徐々に景光に近付いている。その顔を盗み見れば眉を歪めてずっと引きつっているし、時折目をぎゅっとつぶって恐る恐る開く…を繰り返している。


「…無理なら止めるか?」
「い、いい」

景光は頑なに画面を見続ける名前を見ながら、何本目かのビールを空にした。
部屋は彼女の提案で照明を落としていた。テレビ画面の光が2人を白く照らしている。


「…ひっ、」

彼女の肩がまた大げさに跳ねた。
景光は彼女にばれないように苦笑して、ほんの数センチだった距離を縮めるべく身体を動かした。

2人の肩が触れ合う。高さが違うから、名前の肩が景光の二の腕にひたりと触れている。


「…ヒロ」
「いいよ、怖くなったら掴まって」
「大丈夫だけどね?」
「はいはい」

その目には水分の膜が張っている。
アラサーの女を捕まえて可愛いも何もないのだが、素直に可愛いな、と景光は思う。こうしていると、学生の頃と大して変わらない。


「……っ!」

物語はクライマックスを迎えていた。
おどろおどろしい音楽が急に大きくなって、ついに名前は景光の腕をガシッと掴んだ。


「…」

腕を組むように掴まれた腕を見れば、彼女の白い手がしっかりつかまっている。
そして怒涛の終盤がエンドロールに変わる頃には、彼女の両手は景光の腕に絡み、すがるように抱き締めていた。

うん、これすごくいい。けど、まああれだな、胸が当たるなあ。
景光は映画どころでなくなった頭で画面を見続ける。


「………はあ、終わった、」
「…面白かったな」
「う、うん」
「ふ、大丈夫か?」


画面には、長いエンドロールが流れていた。
彼女はまだ景光にしっかり掴まっている。すっかり気の抜けた彼女の缶ビールが、画面に照らされ白々しく立っている。


「大丈夫、だけど?」
「ほんとに?」
「なによ」
「だって震えてる」

景光が笑いを堪えきれずに肩を揺らす。
彼女の両手はほんのわずかにだが震えている。


「……ちょっと怖かったかな」
「うん、ちょっとね」

エンドロールが続く部屋は暗い。

不意に、かた、と部屋のどこかで小さな音が鳴った。


「…っぎゃあ!」
「おっと、」

張り詰めていた名前の緊張がピークに達し、ついに悲鳴をあげて景光の腕を抱き締めたまま思い切り身体を寄せた。
不意打ちに驚いた景光だったが、難なく受け止めてやる。

そして拘束されている腕をするりと外して、彼女の薄い肩ごとぐい、と両腕で抱き締めてやった。



「…ごめ、ヒロ」
「ん、なにが?」
「わたし、ちょっと今日無理かも」
「うん?」
「泊まっていってもいい?」
「……うん?」


暗い画面の光量では、彼女の顔はすこしぼやけて見える。それでも、抱き締められたまま景光の顔を至近距離で見上げておまけに潤んだ瞳で言うには、あまりに破壊力の強い台詞であって。


「だって…帰れない、ていうか一人で眠れない、無理」
「あー、うん、まあいいけどさ」
「よかったああありがとうヒロ」
「うん」


景光が了承してくれたのが余程嬉しかったのか、彼女が深く息をついて彼の鎖骨あたりに額を押し付ける。
ふわ、と甘い香りがして、彼女の髪が揺れる。


「いいの?名前は」
「え?なにが?」
「俺と寝るの」
「え、いいに決まってるじゃん」

なに言ってるのヒロ。と名前が目をくるりと丸くする。


「…今日はゼロは呼ばないよ?」
「え?うん、いいよ?」

名前が景光の部屋に泊まるのは初めてではない。でもそれは零も一緒で、3人で飲んだりゲームしたりした時のこと。
彼女が一人で泊まるのは初めてだし、そこはやっぱりいくら幼馴染とは言え妙齢の男女なわけであって。


「……うーん、教育を間違えたかな…」

景光が彼女を抱き締めたまま呟く。
名前の方は景光の腕の中なら安心とばかりに力を抜いている。

高校を卒業するまで、零と景光と3人で過ごす時間が多かった。兄弟のような存在だったし、彼女が困った時は大抵2人がなんとかしてやってきた。
だから彼女の中では、2人は血の繋がった兄弟みたいな感覚で、異性として見たことなんて一度もないかもしれない。
景光は内心頭を抱えていた。

全て片付いて、元の生活に戻って、彼女と再会した時。
名前がまだ独身だと聞いて景光は心底安堵したのだ。

それから一度だって、彼女を女として意識しなかった日なんてないのに。



「……もうちょっと飲む?」
「うん、でも先にシャワー貸して」
「ああ、いいけど…」

エンドロールが終わったと同時に、景光がそっと立ち上がって照明を点ける。
名前はまだ潤んだ瞳で、またも爆弾発言を繰り出す。これはワンチャンあるか、なーんてドキドキできる状況じゃない。こいつ完全に俺を同性か家族か何かと思ってるな。


「ヒロ、あのさ」
「うん?」
「パジャマ貸して」
「ああ、うん」
「あとさ」
「ん?」
「…シャワー浴びてる間、脱衣所に居て?」
「んん?」
「いや、やっぱり1人はちょっと、不安かなあ〜って…」
「……まあ、いいけどさ」


ああ、マジかよ。
景光は今度こそ完全に頭の中で膝から崩れ落ちた。
なんだって好きな子がシャワー浴びてる間、脱衣場で待ってなきゃいけないんだ?裸の彼女とたったドア1枚挟んだそこで俺はどんな顔をしていればいいんだ。

景光の顔はもはや引きつっているが、彼女は心底安堵した顔でよかった〜と呟いている。
早く終わらせるから!と息巻いているが、違うそこじゃない。

やっぱりゼロ呼ぼうかな…と景光は名前に貸してやるべく部屋着の入ったチェストを開ける。
彼女は相変わらず小さな物音にも過敏に反応している。うーん、可愛いけど、困ったな。景光の眉が下がる。いくら物腰柔らかく、大抵の人や物に優しい景光と雖も男なのだ。
彼女に嫌われたくはないけど、そこまで無防備になられるとちょっと意趣返ししてやりたい気もしてくる。それでもやっぱり景光は、ゼロにメールしてみるか、と思い直すのだった。


"今日うち来ない?" 送信。



「ヒロ、いいよー」
「おー」

脱衣場から彼女が呼ぶ。
さて、とタオルと部屋着を携えて、狭いアパートの短い廊下を歩く。
遠慮がちに脱衣場へのドアを開ける。ああ、やっぱり、ほらな。

「ヒロー?」
「うん、いるよ」

風呂場と脱衣場を隔てるドアは、よくあるタイプの磨りガラスみたいなドアだ。
景光の目には、輪郭こそわからないもののぼんやりと、しかしはっきりと肌色が見て取れる。

「本当にいる?」
「うん、いるいる」
「ちゃんと居てね?」
「はいはい」

ドアに背を向けて立ち尽くす。
俺は一体自分の家で何をしてるんだ?と景光がひとり苦笑した。


不意に、水音が止む。
終わったか?いやまだ早いよな。
耳が過敏になる自身が疎ましい。
念仏でも唱えるか…景光がどうにかして煩悩を振り払うべく脳内会議を続けて居た、そのとき。

ガチャ、すぐ後ろでドアノブの音がした。
条件反射で振り返る。


「…っ、名前?」

ドアを少し開けた彼女が上気した頬でこちらを覗くように顔を出している。顔や髪、わずかに見え隠れする肩に水滴が光って居て、景光は慌てて視線をまた壁に移した。
とにかくびっくりした。心臓がうるさくてたまらない。


「ヒロ、」
「なに、どした」
「……一緒にはいる?」
「………ん?」

言葉の意味を理解して、もう一度振り返る。
彼女の目は黒く丸く、そしてやけに妖艶に濡れてみえた。


「い、嫌ならいいけど!」
「あ、」

それを見返す景光の目が急に鋭く冷たく火を灯す。
彼女は焦ったようにぱたんとドアを閉じてしまった。まだシャワーの音の続きは聞こえない。

なるほどこれはお誘いだったのか。
最初から乗ってやれなくて悪いことをした。


景光の目は、いつもの優しく穏やかな光を脱ぎ去って。切れ長の目が細まり、込み上げる笑みを押し殺す。
そういう事なら、我慢する必要はなさそうだ。

景光が自身の手でドアを開けるまで、あとすこし。






誘惑はあなたから
(溺れるくらい差し上げます)





「零!ありがとう!」
「おお、その顔は上手くいったな?」
「零の作戦のおかげです…ホラー映画からのお泊り作戦」
「あいつ奥手だからな。メール来た時はどうしようかと思ったけど」
「うんうん、全然手出して来ないから焦ったよ」
「押し倒しちゃったのか?」
「い、いやそこまでは」
「ホォー?」
「ま、まあ何にせよ上手くいったから!」
「はいはい、ごちそうさま」




20190725









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