ピンポーン



さて寝ようかと思っていた矢先のインターホン。
思わず時計を見た。


「誰だろ、」


もうすぐ日付けが変わる頃だった。
こんな時間に突然部屋に訪れるような思い当たりはない。友人も、恋人も。


インターホンのモニターを付ける。
そこに写っていたのは、






ガタガタガタ、がちゃん、

「っ、零!」
「名前、久しぶり」



何年振りだろう、そこに居たのは昔の恋人。
目を細めて、すこしはにかんだような雰囲気すら乗せて。
さらさらの明るい髪も、優しい垂れ目も、なにも変わらない。



「どうして、」
「急に悪いな」
「とにかく、上がって」
「ああ、ありがとう」


時刻は深夜。
玄関先で話す訳にいかず、とりあえず招き入れる。
リビングダイニングのソファに通し、取り急ぎ湯を沸かしてコーヒーフィルターを取り出した。

コーヒーを淹れながら、そっと目を向ける。
そこに座っているのは紛れもなく零だ。

何年前だったろう。5年?もう少し前か。
公安に勤めている彼から、危険な仕事になるから恋人は続けられないと告げられたのは。
当時は随分落ち込んだものだ。



コト、とマグカップを彼の前に置く。
さすがに隣に座るのはなんだか気が引けて、テーブルを挟んで斜め向かいの床にぺたりと座り、自分のマグカップに口を付ける。


「…ありがとう、久しぶりだな」
「…うん」

零がコーヒーを口に運ぶ。

「よく分かったね、ここ」
「ああ、随分探したよ」


嘘。調べればすぐ分かるくせに。
無駄と知りつつ、彼との思い出が残りすぎている前のアパートからはすぐに引っ越した。


「元気だったか?」
「うん、まあそれなりに」
「恋人は…居ないようだけど」
「そんなのいないよ」
「編集者の彼とは?」
「……は」
「なかなかいい男だったじゃないか」
「ええ、そうでございましたね」
「それから銀行員の彼」
「よくお調べになったようで」
「君にしては珍しく年下だったな」
「そうだったかしら」


編集者の彼とは1年半付き合って別れた。銀行員の彼は2つ歳下で、半年くらいしか続かなかった。

やっぱりすべて調べてるじゃない。
ため息を噛み殺しもしないで、頬杖をついてじとりと彼を見る。


「あんな急に、一方的に振られて」
「…」
「私もそれなりに大変だったの」
「…ああ」
「それはお調べになってない?」
「…君が、自棄になって合コンに行きまくったり、」
「うん」
「ひとりでバーなんかに行ったり」
「うん」
「髪を切ったり引っ越したり」
「うん」
「5キロ太って8キロ痩せたり」
「……なんでそんなことまで」


ぎっ、とソファが鳴る。
彼が腰を浮かせて、ラグに座る私の隣に座りなおしたからだ。

ブルーの瞳がきょろりと私を映す。
ああ、なんて綺麗なんだろう。


「名前」
「ん、」
「悪かった」
「…うん」


それから彼が語ったのは、一般人の私には遠く離れた世界の話のようでその実たしかにこの日本で起こったお話で。
彼の潜入捜査、そして組織の壊滅まで、私に分かるように端折り、噛み砕き、彼は時間を掛けて話してくれた。


「そういう訳で、君に会いに来ることが出来なかったんだ」
「よく、分かった」
「君を巻き込むことだけは出来なかった」
「うん。…零、」
「ん?」
「この国を守ってくれて、ありがとう」
「………ああ」


彼の眼が、ここに来て初めて柔らかく微笑んだ。
ああ、私が大好きだった降谷零の瞳だ。



「…で、これからの話だ」
「うん?」
「俺を縛る物はなくなった」
「うん」
「公安警察としての降谷零しか居なくなった」
「うん」
「名前の、恋人に戻りたい」
「う、ん?」
「まだ遅くないか?」
「…零、」


彼の暖かく硬い手が私を手を取る。
覗き込むように近づくブルーの瞳。



「ずっと心配だったよ」
「…」
「変な虫が湧いてくるからな」
「えーと、」
「君に勘付かれないよう駆逐して」
「く、駆逐」
「やっと戻って来れた」
「零?」
「好きだ、名前。ずっと。前も、今も」
「…」



ああ、分かってる。
突然振られて、すこし憎んで、でも忘れられなくて。生きているのかどうかも分からないまま、それでもずっと想っていた。
簡単に許すのはなんだか面白くないけど、でも。

私の身体はとても正直に、彼との再会を、その告白を喜んでいた。




「零、」
「うん」
「お帰りなさい」
「…うん」
「もう居なくならないで」
「……ああ」


つ、と目を細めて、零の腕が伸びてくる。
ぎゅっと抱き締められて息を飲んだ。
懐かしい香り。さらさらの髪。暖かい身体。
ああ、ずっとこれを求めて居た。


「名前?」
「っ、ん?」
「愛してる」


重なった唇が涙の味で、私は初めて自分が泣いていたことに気付いた。
眉を下げて微笑む零が、長い指で私の涙を拭う。


「もう何処にも行かないから」
「うん、」
「ずっと名前のそばに居させてくれ」
「…はい」





おかえりダーリン
(わたしの大切なひと)



「さて、引っ越すか」
「っうえ?」
「俺たちもいい歳だしな。いい機会だから同棲しよう」
「そ、そんなさらっと、」
「早く結婚したい」
「け、け、?!」
「もう我慢しなくていいからな」
「う、ん?」
「よし、とりあえず」
「、え、なに」
「5年分、充電」
「ちょ、待っ、あっ、」



20190617









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