*R15
*幸せはない














「じんぺい、」
「……チッ」


とろんと甘い声が耳につく。
はあ、と熱い息が男の首筋をくすぐって、腰に響く。


「ね、キスして」


松田の舌打ちにも動じず、彼女が仰向けのままの彼の上に跨っている。彼の下腹の上にぺたりと座り、両手を彼の顔の両脇に突き立てる。
潤んだ瞳が彼の双眼を捉えて揺れる。

松田は黙ったままだ。自身に跨る彼女を睨みつけている。


「お前さあ、」
「ん、」
「またなの?」
「…ふふ」


彼の声はひどく冷たい。


「ねえ、キスしていい?」
「…だめ」


彼女が微笑む。妖艶な瞳は劣情に濡れている。
それでも松田は、まるで興味なさそうに彼女を見上げている。

何度目だ、と彼は溜め息を落とす。
彼女とは長い付き合いだ。それこそ子どもの頃から知っている。真面目で、曲がった事が嫌いな奴だった。そのくせ間抜けな所もあって、子供心に放って置けない奴だとずっと思っていた。
そんな彼女がおかしくなったのは、研究所に就職してからだった。いくら詳細を問い詰めても決して言わないその就職先。彼女はそれから、時々こういうことをする。


「どうしても、だめ?」
「はあ……だめだ」


こうなると彼女は何を言っても聞かないことを、もちろん松田は知っている。

頭のネジが飛んでいるとしか言えないこの状況。朝になると、彼女はさっぱり覚えていないのだ。


「陣平、」
「名前?」


子どもをあやすように、陣平が彼女を見上げる。


「…キスしたいの、お願い」
「ああ、いいよ」
「ほんと、?」
「好きにしろよ」


名前がわらう。
松田の口角がふっと上がる。

彼女の唇が、静かに松田のそれに重なった。


「…っ、ん、」


ちゅ、と可愛らしいリップ音。
それに反して、彼女の顔は融けきっている。

必死で彼の唇に吸い付く彼女を、松田が見つめている。


「あー、くそ」
「…あ、陣平、」


眉間に皺を寄せた松田が、なにかを振り切るように彼女の唇を喰らうように貪りはじめた。


「う、あ、…っ、」
「……っチ」


静かな部屋に水音が響く。急にじわりと汗ばんだのは、部屋の温度のせいか、体温のせいか。

大きな手のひらが、彼女の頭を掻き抱く。
もう片方の手が細い腰に回る。
熱い息がふたつぶん、重なって交わる。



「あ、陣平、っ」
「ああ、ここに、いる…っ」
「は、あ、っ、」
「名前っ」

上になった松田の口が彼女の柔肌を喰らっていく。
触れ合う肌が熱く、流れ落ちる汗が冷たい。

「い、あ…っね、陣平、」
「…っ、何だ」
「あたしのこと、好き、?」
「……っく、あ、」


苦しそうな松田の声が彼女の腹に落ちる。


「ああ…っ、お前なんか大嫌いだよ、っ」
「……っあ、」


落ちた涙は、どちらのものか。







(忘れるくらいなら幾らでも)





20190724









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