わたしの好きな人は、優しい。
それはもう、世界一優しいとおもう。
男女に関わらず分け隔て無く笑顔を向けて、労わる言葉をくれたりさり気なく褒めたり、相手も思わずふっと力を抜いてしまうような態度で接してくれる。

わたしの好きな人は優しい。
そこが、わたしは大嫌いだ。


「名前?どうかした?」
「…ううん、何でもない」
「そ?無理するなよ」
「ん、ありがとう」


にこっと微笑みを寄越して、わたしの顔を覗き込む彼の前髪が揺れる。
萩原研二。わたしの恋人だ。


「ねえ、」
「うん?」
「研二くんて、結婚願望とかある?」
「…名前、結構可愛いこと言うのね」
「…もういい」
「拗ねるなよ〜もちろん、俺は名前ちゃんしか考えられないって」
「…どうだか」
「はは、信じてよ」


ちゃんと名前だけを愛してるよ。
へらへらしてるくせに、欲しい言葉をきちんとくれる彼。どこまでも優しい彼は、どこまでも非道い。

だって彼は、わたしを残していなくなったのだから。






「おい、名前」
「…ん、」
「行くぞ、風邪引く」
「んー…もう少し…」

11月の風は冷たい。
萩原家の墓石の前にしゃがみ込んで膝を抱えたままの私の後ろで、煙草を吸いながら陣平が急かす。

彼が亡くなって、2度目の11月が来た。
あの人が殉職したあの日、陣平は現場となったマンションの下に居た。最期の彼の声を聞いたのは陣平だった。

研二くんを私に引き合わせてくれたのは、他でもないこの陣平で、陣平とわたしは高校の同級生で親友というか悪友だった。彼が警察学校に入って2か月くらいのある土曜の夜、わたしは陣平に呼び出され彼の友達に出会った。背の高い、見るからに屈強そうなひと、金髪と青い目に褐色の肌を持つ美人、大人しそうでニコニコよく笑うひと、そしていつも口元に微笑みをのせた、ちょっと前髪の長い穏やかそうな、研二くん。

あっという間に彼に夢中になって、警察学校を卒業してすぐ、わたし達は恋人同士になった。



「……お前が風邪引いたらどうすんの」
「陣平はどうもしないでしょ」
「俺ハギに怒られるだろ」
「怒るなら私を怒ってほしいけど」
「あいつはお前を怒ったりしない」
「そうだねえ」


怒ってほしいのに。
叱って、酷いこと言ってほしいのに。
記憶の中の研二くんは、どんな時もひたすらに優しくて苦しい。

彼が殉職したあの日から、わたしの世界は一変した。何日も眠れなかったし、ご飯も食べられなくて、仕事も辞めてしまった。
脱水状態の頭で、餓死したら彼に会えるかな、と自棄になっていたわたしのアパートの部屋の鍵を、陣平は壊して突入して来て。私を叱り付けて、そして2人で抱き合って泣いたっけ。


わたしがちゃんと人間の生活を再開し、新しい仕事に就けたのも、陣平が支えてくれたからだ。


「ねえ陣平」
「ん」
「犯人見つかったらさ」
「…うん」
「私に殺させてよ」
「…お前なあ」
「だめ?」
「だめ。ハギに合わせる顔がねェよ」
「そうかなあ」
「当たり前だろ」
「でも研二くん、私に怒ったりしないし」
「その分俺が怒られる」


まるで明日の天気を話すみたいに、物騒な話を吹っかけても。陣平はいつも通りにちゃんと応えてくれる。お説教もしない。
多分、また私の心がおかしくなるのを心配してくれているのだと思う。

陣平にはほんとに感謝している。なんだか照れ臭くて、ちゃんと言えてはいないのだけど。



「名前さ、」
「うん」
「あんま、あいつのこと引きずるなよ」
「…引きずってないよ」
「忘れろなんて言わねェけどさ」
「…」
「前向かないと、怒られるぞ」
「…ん」


陣平は、優しい。研二くんみたいな甘さは無いけれど、友達思い。わたしのことを心配してくれていることはよく分かる。


「俺、あっちで待ってるから」
「ん、すぐ行くよ」


わしゃわしゃ、頭を撫でられて、口元に笑みを浮かべた陣平が紫煙を上げながら行ってしまった。

あのやろ、思いっきりやったな。髪の毛ぐちゃぐちゃだ。

まあ、いいけど。


しゃがみ込んだまま研二くんの眠るお墓を見上げる。
彼は、爆発に巻き込まれて亡くなった。だからここに彼は眠っていない。散り散りになって、居なくなってしまったのだから。



「ね、研二くん」

松田陣平、あいつどう思う?
あんな事ばっかり私に言うんだけど。私のこと好きなんじゃない?なんて、笑っちゃうよね。

「わたしが前を向かないと、陣平は…」

陣平は、ずっと私を心配して、自分の幸せを追えなくなったりしちゃうよね。あいつ、そういう奴だよね。面倒くせェとか言っちゃって、結構面倒見いいもんね。

「でもなあ、研二くん以外なんて、考えられないんだよなあ…」

他の人と手を繋いだりキスをしたり、恋人になったり結婚したり?そんなの、今世ではもう無理な気しかしない。
世界一優しい、研二くんのせいで。

でも、陣平には幸せになってほしい。
あいつは唯一無二の親友だった研二くんを、一番悔しい形で奪われた。でも、今でも犯人を追っていて、わたしの傍に居てくれて。
ぶっきらぼうだけど、いい奴だから。


「……よし、頑張るか」


立ち上がる。11月の風がつめたく吹いていく。


「研二くん、来年はもっと、いい報告できるようにがんばるね」

じゃあ、またね。
風が止んだ墓地の中、ほんのわずかに。

研二くんが笑った気がした。

名前も、じんぺーちゃんも、真面目だなあって。





「お待たせ、行こっか」
「おう、寒ィ」

また煙草を吸っている陣平が、ポケットに両手を突っ込んで歩き出す。大きくて黒い背中を見つめて、その背中にそっとお礼を言った。


「ん?なんか言った?」
「んーん、なんかあったかいもん食べようよ」
「そうだな、熱燗とか」
「陣平、仕事に戻るんでしょ」
「あーそうだったな」
「じゃ肉まんね」
「たまにはピザまん食いたい」
「好きなのにしなよ」
「おう」


煙草を吸い終わったらしい陣平が、振り返って立ち止まる。


「なに」
「手」
「て?」
「ほら」


陣平の左手が私の右手をさらう。
ポケットに入っていた手のひらは、わたしのよりずっと暖かい。

「あったかい!陣平って実はホッカイロ?」
「いいから行くぞ」

そのまま手のひらを握られて、着いた先は陣平のコートのポケットで。陣平の左のポケットに、くっついた手のひらがふたりぶん。
そこは狭くて、とてもあたたかい。



「なぁにじんぺーちゃん、私のこと好きなの?」
「…ハギに殺されたくはない」
「ふふ、ありがとねあったかい」
「おう」
「ほんと、あったかいな…」
「名前」
「うん」
「俺は、死なねェから」
「…うん」
「ハギの分まで、ちゃんと居るから」
「…」
「な」


俺とふたりで前向くのも、悪かないと思うけど?

盗み見た陣平の耳が赤くて、わたしは感染したみたいに顔に熱が集まるのを感じていた。








世界の行方
貴方が死んだらぜんぶ嘘になってしまうから、約束はしないでおいてね。




20190710









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